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(2020-05-24の週報より)

「パロの前に立つ」

  

主題 パロに前に立つ                       
   神は、モーセを通してご自分の力をお示しになった。
聖句=わたしは主である。(出エジプト6章2節)


聖書箇所ー出エジプト5−10章
*主とは何者か、全能の神として、アブラハム、イサク、ヤコブにご自身を現された方です。また彼らと契約を交わし、その契約を思い起こされるお方です。では、どのように思い起こされたのでしょう。イスラエルをエジプトから『連れ出し』、その苦役から『救い出し』『贖う』(6 節)。さらに与えると誓った地に
『連れて行き』『所有として与える』という (8節)。主は契約を忘れることはありません。行動し、私たちのために最善を尽くされる。だから、この主に信頼することができるのです。
 さてモーセとアロンはいよいよエジプトの王パロの前に出ます。しかし、事は期待したようにうまく行きません。


一、最初の謁見(5−6章)


 イスラエルの民は、神の民です。それが、エジプトの奴隷になってしまったのです。モーセとアロンはパロのもとに行き、神が告げられたことを伝えました。『わたしの民を行かせ、荒野でわたしのために祭りをさせよ』。パロは『私は主を知らない。イスラエルを行かせはしない』と言って、神の命令に逆らいます。
そればかりか、イスラエル人への労役をさらに重くてしました。そのため、イスラエル人はモーセとアロンを恨みます。
 そこで、モーセは主に祈りました。5・22、23を読みましょう。そのモーセに主は、もう一度ご自身がどのようなお方であるかを告げ、民に次のことを言うように命じられました。主が、①エジプトの苦役から救い出す、②贖う、③約束の地に連れて行く。モーセはこのことを民に伝えましたが、彼らは聴こうとはしませんでした。神はなおもモーセに、パロのもとに行くよう命じます。しかし、モーセはすっかり気落ちしてしまいました。


二、災の予告(7・1ー23節)


 恐れるモーセに主は語り、励まされます。モーセは、自分がパロに対して神の代弁者として立てられていること、アロンがモーセの代わりに語ることを再認識します。そして神は、さらに語ることをお告げになりました。2−5節を読みましょう。もしパロが言うことを聴き入れないなら、神がエジプトにさばきをくだして、イスラエル人を救い出すと告げられたのです。その時エジプトは、イスラエルを救い出す方こそがまことの神、主であることを知るようになるのです。モーセとアロンはこの時すでに八十才を超えていましたが、神がおっしゃったとうりに行いました。


三、十の災いとエジプトの神々(7章14−10章29節)


 神はこのあと、次々に大きな災いを下されます。①ナイル川の水が血に変わる災い、②カエルの災い
③ぶよの災い、④あぶの災い、⑤家畜の疫病の災い、⑥腫物の災い、⑦雹の災い、⑧いなごの災い、
⑨闇の災い。エジプトの呪法師たちは二番目の奇跡まで真似ることができましたが三番目からはまねられませんでした。彼らは自分たちの力の限界を感じましたが、それでも、パロの心はかたくなでした。四番目の災からはエジプト人だけ下されました。神はイスラエル人と共にいて、災いから守っていてくださっていることを、エジプト中にお示しになったのです。
 次々に下される災いの中で、パロはモーセとアロンに『災いが止むよう主に祈ってくれ。イスラエル人を出ていかせる』と何度となく言いました。しかし自体がよくなると、強情になってイスラエル人行かせようとはしませんでした。ついに10番目、最後の災いが下ろうとしました。神はこの災を通して、ご自分が主であることをお示しになりました。ご自分が主権者なるお方であることを示されたのです。このお方に私たちは絶対的信頼を置き、従っていくことが求められています。
(祈りましょう)

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