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(2020-04-05の週報より)

「十字架刑の判決」

  


    イエスは、神の子キリストです。


聖句=『神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、
     ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。』(ヨハネ3章16節)
    
聖書箇所=ルカ22章54−23章25節

*罪を犯さないのに有罪の判決を受けることを「冤罪」と言います。いくら真実を語っても、信じてもらえないことほどつらいことはありません。主イエスは、ご自分が『神の子、キリストである』という真実を語ったことが、罪の証拠とされました。

一、イエスの証言(22章54−71、)


 ゲッセマネの園で、その悲しい事件が起こりました。その場所は、主イエスと弟子たちがエルサレムを訪れる際に、祈りの場所としていたところでした。人の罪が頂点に達する時、なんと痛ましいことが起こるのでしょう。
 イエスは捕らえられ、大祭司の家に連れてこられました(54節)。イエスを前から殺そうと企んでいた者たちが、翌朝、集まるまで、イエスはそこに拘束されました。春の頃とはいえ、夜を明かすため、中庭に火がたかれました。番人たちは、夜通しイエスをからかい、鞭で叩き、目隠しして恐怖を味あわせ、さんざん侮辱を加えました(63−65節)彼らは、自分たちが何をしているのかわかっていたのでしょうか。
 夜が明けました。民の長老たち、祭司長、律法学者たちが、イエス逮捕の知らせを受けて集まってきました。そして、サンへドリンと呼ばれるユダヤの最高会議が開かれました。彼らがイエスを罪に定めるために用意していた質問は二つでした。ご自分が『メシヤ(救い主)であり、また『神の子』であると言っているのは本当であるかどうかということであるかどうかということです。彼らは、イエスが真実を語っておられることに気ずいていなかったので、それを、神への冒涜だと感じたのです。


二、ピラトとヘロデのもとでの審問(23章1ー12、)


 その後、彼らはイエスを総督ピラトのもとに連れていきました。ピラトは、ユダヤとサマリヤを治めるためにローマ帝国から遣わされた役人でした。ユダヤ人たちは、ピラトには、ローマ市民ではなかったイエスを自由にさばくことができることを知っていたのでしょう。ユダヤ人たちは、ピラトの前で尋問する用意も怠っていませんでした。イエスを、民衆を扇動し、ローマに敵対するようなことを教えてきた危険人物であると訴えました。ピラトには、それらが風評であることがすぐ分かりましした。ユダヤ人たちは、ピラトの前で尋問する用意するのも怠っていませんでした。イエスを、民衆を扇動し、ローマに敵対するようなことを教えてきた危険人物であると訴えました。ピラトには、それらが風評であることがすぐわかりました。そして、ユダヤ人たちが声高に叫んだ『この人は、自分を王キリスト』と言っているということばにだけ関心を抱いて質問しました。『あなたは、ユダヤ人の王ですか』(3節)と。ピラトが「ユダヤ人の」とわざわざつけ加えたのは、ユダヤ人らの告発をローマへの反逆罪からそらすためであったのでしょうか。
 ピラトは、イエスをヘロデのもとに送りました。それは、ユダヤ人の王であることに固執したヘロデ家への皮肉でもあったのではないでしょうか。イエスに同行したユダヤ人たちは激しく訴えましたが (10節)、
ヘロデは、期待しただけのこともなく、ただ傷だらけで哀れな姿のユダヤ人の王を見てさげすむだけでした。


三、最後の審問と判決(23章13−25節)


 ヘロデのもとから被告人が送り返されてきたところで、裁判が再開します。
 ピラトにも、ヘロデにも、イエスを死刑にする理由を見出すことができませんでした。ピラトは必死にイエスを釈放しようと努め、三度もイエスの無罪を宣言しました。ところが次第に群衆の声は高鳴り、暴動になりそうなのを見て、ピラトは、責任をユダヤ人たちにあることを確認したうえで(マタイ27・24節)、
死刑の判決を下しました。そして、無罪を宣告されながら、十字架刑という、当時最も残酷な刑が確定したのです。

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