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(2019-03-10の週報より)

「バプテスマを受けるイエス」

  

主題  バプテスマを受けるイエス     
     イエスは、神の子でありながら、人としてバプテスマを受けられた。
聖句=『あなたは、わたしの愛する人、わたしはあなたを喜ぶ。』(ルカ3章22c)
聖書箇所=マタイ3章1ー6、13ー17節
 イエスは、ナザレで生活されておられました。父ヨセフは、その間に亡くなったようで、家族の生活の
重荷は彼の肩の上にありました。しかし、やがて、すべてを犠牲にして、宣教の生涯へ入られたのです。それは、イエスがおよそ三十歳の時でした。


一、バプテスマのヨハネ(マタイ3章1ー6)


 バプテスマのヨハネは、イザヤの預言どおり特別な使命のために出現しました。彼は不思議な姿をしていました。まるでエリヤのように、らくだの毛衣、腰に皮の帯を締めており、いなごと野みつを食糧にしていたのです。『彼は悔い改めなさい。天の御国が近づいたから』とユダヤの人々にメッセージを語り歩いていました。それは、人々がずっと待ち望んでいたメシヤが来られる前に、人々の心を主に向けさせ、罪を悔い改めて心を主お迎えできるように備えさせるためでした。
 バプテスマのヨハネは、力強く熱心に語り続けたので、今まで罪に苦しんでいた人々は、次々に自分の罪を告白して、ヨルダン川でバプテスマを受けるようになったのです。そして、それぞれ天の御国に入る準備をしました。その光景を想像してみることができますか。


二、バプテスマを受けられたイエス(13−15節)


 イエスはバプテスマを受けるために、ナザレからヨハネの所に来られました。イエスは、一度も罪を犯したことのないお方でした。ヨハネが授けていたのは悔い改めのバプテスマで、罪を告白した者がうけるものでしたから、罪のないイエスにバプテスマを授けるなんて、ヨハネにはまったく考えられないことでした。『私こそ、あなたからバプテスマを受けなければならない者なのに、私があなたにバプテスマを授けることなど、どうしてできるでしょうか。』しかしイエスは『今はそうさせてもらいたい。このようにして、すべての正しいことを実行するのは、わたしたちにふさわしいのです』とおっしゃいました。人となってこの世に来られた神の子イエスは、すべてのことを人と同じように経験しようと思われたのです。それが父なる神のみこころにかなうことであることを、イエスは知っておられたのです。


三、バプテスマを受けられると(16−17節)


 イエスが、どうしても、とおっしゃるので、ヨハネは、イエスのおことばに従ってヨルダン川に入り、バプテスマを授けました。すると、不思議なことが起こりました。イエスが水から上がられると、イエスの上に神の御霊が下り、天から声が響いてきたのです。16、17節を読みましょう。これはイザヤが預言したことばですた。イザヤ42章1、を読んで、このことばのもう少し深い意味を考えてみましょう。イエスは、
このことばがご自分のことを指していることを悟っておられました。ヨハネも、この方こそ、自分が人々に語り伝えてきた神の子、つまり救い主であるということを確信しました。
私たちは、神の御子であり救い主であるイエス様を心から信じて、罪を悔い改め、心にお迎えしましょう。
(祈りましょう)主題 

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