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(2019-03-03の週報より)

「知恵に満ちたイエス  」

  

主題   知恵に満ちたイエス

     両親に仕え、熱心に聖書を学ぶことが大切です。


聖句=イエスはますます知恵が進み、背たけも大きくなり、神と人とに愛された。(ルカ22章52)


聖書箇所=ルカ2章39−52節
 福音書には、イエスの少年時代の叙述は少なく、それも簡潔であることが印象的です。資料が少ないためと、メシヤとしての働きに焦点を合わせて書かれているためでしょう。そのような中でルカは知恵に満ち神の恵みにのうちに成長しておられるイエスの姿を描き、神の子としての片鱗をうかがわせています。『知恵に満ちて』(40節)『知恵が進み』(52節)と、前後に二回も繰り返し強調しています。


一、成長するイエス(ルカ2章39、40節)


 ヨセフとマリヤは、モーセの律法に従って清めの期間を守り、幼子を主にささげました。その後、ガリラヤの自分たちの町ナザレに帰りました。ナザレはガリラヤ湖の南西25キロの所にある、静かで美しい町です。『幼子は成長し、強くなり知恵に満ちて行った。神の恵みがその上にあった』(40節)幼子の成長の
三要素、健康と知恵と恵み、それらはすべて神の恵みによるものです。特に、イエスの知恵は、その生涯に
おいて発揮されますが、それは神からの知恵でした。イエスは、美しい自然の中で、神の恵みに包まれて、
健やかに成長されたのです。


二、神殿におけるイエス(41ー50節)


 両親は、過越の祭りには必ずエルサレムに行きました。イエスが12才になった時も、エルサレムに行き、
祭の期間を過ごして帰路に就きましたが、途中でイエスを見失ってしまいました。イエスは、神殿の境内で、
学者たちの話を聞いたり、また質問をしておられました。『聞いていた人々はみな、イエスの知恵と答えに驚いていた』(47節)。ここでも、イエスの知恵が強調されています。
 その知恵は、両親との続く会話によって実証されます。マリヤは、心配してイエスを捜したことを訴えたが、イエスは『わたしが必ず自分の父の家にいることを、ご存知なかったのですか』と答えられました。このことばに、すでに神の子としての自覚と神の知恵を見ることができます。また、そこに現れたずれは、人間の思いと神のみこころの相違ですが、これは、イエスと人々の会話にしばしば現れています。
 イエスは、すでに神の子であることを自覚し、かみのちえによってかたりはじめておられたことが分かり
ます。


三、両親に仕えるイエス(51、52節)


 それからナザレに帰り、イエスは『両親に仕えられた』(51節)ここで、両親に仕えられたというとき、子供として両親に従い、また両親のために働かれたという、両方の意味が含まれています。イエスはすでに神の子としての自覚を持たれていましたが、ヨセフとマリヤの子として両親に仕え、その責任を果されたのです。
(52節)少年時代のイエスの姿を美しく簡潔に表現した言葉です。イエスは、まず知恵において成長されました。「イエスはますます知恵が進み」といわれているように、特別に神の知恵において成長されました。
ソロモンも知恵の人でしたが(列王4章29−34節)イエスの知恵はそれにもはるかに勝って、神の知恵を完全に備えておられました。
 イエスは、次に身体において成長されました。「背丈も大きくなり」といわれているが、それもバランスのとれた健やかな身体的成長を表しています。一般に聖画には、やや病弱気味なイエスの姿が描かれていますが、ナザレで両親を助けて働かれたイエスは、もっとたくましかった思われます。
 イエスは、それらの結果として「神と人とに愛された」この短いことばに、立派な成長ぶりが見事に表現されています。
(祈りましょう)

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