すべてのメッセージのタイトル一覧
(2018-12-30の週報より)

「シメオンとアンナ」

  

主題 シメオンとアンナ                  
   救い主誕生を待っていた人たち


聖句=御救いはあなたが万民の前に備えられたもので(す。)(ルカ2章31節)
聖書箇所=ルカ2章22−38節
 『真理』とは何か。これは古今東西、すべての学者が追い求めてやまないテーマです。多くの人が、何と
かして真理をつかもうと努力してきました。しかし、真理は、本当は人の努力では見極めることができないのです。イエスは『私は真理である』と言われました。そしてその真理を私たちが悟ることができるよう助けてくださるのは、聖霊ご自身です。シメオンは、この聖霊なる方に導かれ、とても重要な預言をしました。


一、シメオンの賛美(ルカ2章25−33節)


 イエスがお生まれになってから四十日後、マリヤとヨセフは、ユダヤ人の慣習に従い、イエスを神におささげするために主の宮に連れていきました。二人がイエスを抱いて宮に入っていくと、そこにはシメオンという名の一人の老人がいました。シメオンは『正しい、敬虔な人で』旧約聖書に昔から預言されている救い主を、心から待ち望んでいる人でした。シメオンは一目で、赤ちゃんのイエスがその救い主であることを悟りました。そしてイエスを自分の腕に抱き取り、神をほめたたえたのです。シメオンは、救い主イエスが、ユダヤ人だけではなく当時ユダヤ人が異邦人と呼び軽蔑していた外国人も含め、すべての人を罪の縄目から
解放し、神の導きによって生きることができるようにしてくださることを高らかに宣言しました。シメオンは、何によって、このことを悟ったのでしょうか。25節に『聖霊が彼の上にとどまっておられた』とあります。シメオンが、イエスが救い主あることを知り、神のご計画を正しく悟ることができたのは、聖霊に教えていただいたからなのです。私たちが、それぞれ不思議な導きで、イエスを信じるようになったのも、そ
してみことばの意味を理解したり、これに従うことができるのも、聖霊が私たち一人一人に働いてくださり、導いてくださるからです。


二、シメオンの預言(34、35節)


 シメオンはまた、聖霊に示されるまま、イエスの将来について大切な預言をしました。それはやがて、母である、マリヤにとって、心を剣で貫くような悲しい出来事が起こるということです(35節)。それから30
年ほど後、マリヤは、イエスが十字架での死ぬのを目の前で見ることになるのです。1ヨハネ3章16節に
『キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちに愛がわかったのです』とあります。イエスがこの世に生を受けられたのは、それを私たちのために投げ出すためでした。
私たちの身代わりとして十字架の上で罰を受け、いのちを捨ててくださるためにイエスはお生まれになったのです。これは、私たちに対する神の深い愛の表れです。この出来事にゆえにこそ、今、私たちは罪ゆるされ、神の平安と喜びを頂いて生きることができるからです。


三、アンナの感謝(36−38節)


 その日、もう一人、救い主イエスを主の宮でお迎えした人がいました。その人は女預言者で名をアンナと言い、とても年を取っていました。アンナは若い時に夫を亡くしてから、長いやもめ暮らしの間、いつも主の宮で救い主の誕生のために祈り続けた人でした。神は、信じて祈る者の祈りには必ずこたえてくださるさる方です。アンナは、神のご配慮によって、イエスの宮もうでのときにちょうどその場に居合わせ、その目で救い主のお姿を見ることができたのでした。アンナは神に感謝をささげ、早速人々に幼子イエスのことを
伝えました。
 シメオンもアンナも決して身分の高い人々ではありませんでしたが、心から神を信じ、救い主を待ち望んでいました。外見や境遇よりも心をごらんになる神は、二人にちゃんと目を留め、救い主に会わせてくださったのです。
(祈りましょう)

聖書箇所を検索:ルカ福音書(結果はページ右に表示されます)
福音書の主な出来事:該当なし



 

Copyright (c) 東大阪キリスト教会