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(2018-06-24の週報より)

「シモンペテロ2」

  

シモンペテロ  その二
    主は、失敗した者をゆるし、使命を与えられる。
 『あなたはわたしに従いなさい』(ヨハネ21章22節)
聖書箇所 ヨハネ21章(18章15−18、25−27)
 主イエスに召されて弟子になり、数年間を過ごしたペテロであったがイエスが捕らえられ、十字架に
つけられるその最も重要な時に、イエスを否定して逃げるという大きな失敗を犯してしまいます。通常、イスカリオテのユダの裏切りだけが注目されます。しかし、イエスを裏切ったという点で、ペテロを始め他の弟子たちもユダと大差ない失敗を犯しています。イエスは、裏切った弟子たち皆に等しく悲しみの眼差しを向けられました。違いはユダが後悔だけで終えてしまったのに対し、他の弟子たちは悔い改めたことにあります。


一、新しい人生への不安(ヨハネ21章1−3、)
 復活の日曜日、弟子たちに会われた主イエスは、先にガリラヤに行くよう命じられた。喧騒のエルサレムよりは、弟子の多くにとってふるさとであるガリラヤでゆっくり新しい使命を託そうとなさったのです。
 ガリラヤでイエスを待つ日々、ペテロの心はつらかった。イエスが自分の裏切りをゆるしてくださることはエルサレムの出会いからわかったものの、これから託される新しい使命を今度こそ全うできるかどうか不安だったからです。待つことに耐えられず『漁に行く』と決心をします。過去のプロフェッショナルな領域で自分の力を確認し、自分とてひとかどの人間であることを自らを納得させたかったのかもしれません。思いは他の弟子たちも同じで、皆漁に出ました。しかし『その夜は何もとれなかった』未来に向かうこともできず、過去に固く戸を閉ざされ、無力な自分の姿を嫌でも確認させられるしかなかったのです。


二、新しい出会い(4−15節)
 ひとかどの人間としてイエスに再開しようという弟子たちのかすかなプライドが完全に絶たれた時、
夜明けの岸にイエスは立たれました。見知らぬ男が岸からかける声に最後の最後のチャンスと弟子たちが網を下ろすと、思いもかけぬ大漁でした。ずしりとした網の手応えに、弟子たちは数年前のイエスとの出会いを思い出し、岸の男がイエスであると悟りました。
 岸に上がった弟子たちと食事をしたイエスは、その後ペテロに『ヨハネの子シモン』と旧名で呼びかけられました。数年間の共同生活の果てのペテロの惨めな失敗をすべてお忘れになり、あたかもこの時初めて出会ったかのように呼びかけてくださったのです。ペテロは、イエスが自分の罪のいっさいをゆるして最初からやり直してくださるおつもりであることを知ったのです。


三、新しい使命(16−25節)
イエスはペテロに『あなたは他の何ものを愛するにも勝って私を愛する(決心がある)か』と、この一
点だけを確認して『私の羊を牧しなさい。』と使命を託されました。これは「人間をとる漁師にしてあげよう』と同じ意味です。しかし『漁師』になることに失敗したペテロに『羊飼い』という別の表現を用いることにより、新しい使命としてもう一度同じ働きを託されたのです。
 ヨハネ21章はペテロに焦点を絞っています。しかし、ペテロに対すると同様のお取り扱いを、イエスは他の弟子たちにもなさったことでしょう。イエスは人を失敗から立ち直らせてくださいます。
(祈りましょう)

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