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(2017-06-12の週報より)

「岩の上に立てた家」

  

 みことばを実行する人になりなさい。(ヤコブ1章22節)

一、わたしのこれらのことば(マタイ7章24節)
 『山上の説教』のまとめに、主イエスは、一つのたとえ話を語って、ご自分のことばを聞いて受け入れ、実行することの大切さを強調なさいました。
 主イエスのことばを聞いてそのとうりにする人は、しっかりとした岩の上に家を建てた賢い人に比べることができるとあります。ルカの福音書にはさらに詳しく「地面を深く掘り下げ、岩の上に土台を据えて、それから家を建てた」と表現しています。(ルカ6章48節)つまり、硬い岩に当たるまで深く掘り下げ、その岩の上に土台を据えて家を建てたことがわかります。あらしが襲ってきました。家を壊すほどの激しい嵐が吹き、家を流しそうなほど大雨がふりましたが、この家は倒れることはありませんでした。土台がしっかりしていたからです。
 主イエスは、この人を『賢い人』だと言われました。みことばを聞いてそれを実行する人を指しています。


二、砂の上に家を建てた愚かな人(マタイ7章26−27節)      
 主イエスのことばを聞いてもそのとおりにしない人のことは『砂の上に自分の家を建てた愚かな人に比べることができ』るとあります。この人は、岩の上に家を建てた人とは違い、地面を掘ってきちんとした岩の上に土台を据えるような手間をかけず、砂の上にそのまま家を建てました。大嵐がやって来ました。雨が降って洪水になり、強風が吹き荒れました。家はどうなったでしょう (27節)。ただ倒れてたばかりか、ひどい倒れ方だとあります。
 主イエスは、その人を『愚かな人』だと言われました。それはみことばを聞いても、ただ聞くだけで、実行しない人を指しています。


三、揺るがない生活(24ー29節)
 このたとえ話は、主イエスのことばを聞いてそのとおりに実行する人と実行しなかった人を表しています。私たちに人生にも『あらし』が吹き荒れることがあります。仕事が思うように進まず信頼していた人に裏切られたり、全てが裏目に出てしまう、そんな嵐が襲ってきたときこそ、私たちが何の上に立っているか、何を土台に日々を歩んでいるかが問われるのです。
 今日の聖書の箇所をもう一度読んでみましょう。岩を人生の土台としている人とは『わたしのことばを聞いてそれを行う者』のことです。これは、イエスのことばを素直に受け入れ、イエスに信頼し、イエスから力を頂きながら主イエスのことばを生活の中に表現していこうとする人のことです。そのためには、主イエスに目を留めることが最も大切です。
 ヨハネ3章3節には『人は、新しく生まれなければ神の国を見ることはできません』と書いてあります。キリストを信じて新しく生まれ変わる。それから初めて、神のことばを実行できる者として頂くことができるのです。
                   (祈りましょう)
 
 

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