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(2018-04-22の週報より)

「神の真実」

  

    神の約束の確かさ
   あなたの神、主だけが神であり、誠実な神である。(申命記7章9b)
聖書箇所=申命記7・6−11、  詩篇121篇


一、主の選びと契約(申命記7・6−11)
 申命記は、カナンの地への入国を前にして、モーセがイスラエルの民に与えた説教から成っています。
イスラエルの民は、四十年の荒野の放浪を終え、新しい指導者の下に新しい強敵と新しい誘惑の待つカナン
の地に入って行こうとしていました。余命いくばくもないモーセは、この民たちに、今までの神の恵みと守りを思い起こさせ、新しい地に入って行こうとしている民たちを勇気づけました。
 まず、神がイスラエルをご自分の民にされたのは、彼らがなにか優れていたからではないことを思い起こさせました。取るに足りない、つまらないものであったのに、神が『恋い慕』い愛してくださったゆえに、神の目には価値あるものとなったのです。『聖なる』とは『神の用ににささげられた』と『きよく、輝いている』の二重の意味があります。『聖なる民』とはこの二つの性質をもつものです。イスラエルは、主の民とされ、主からの約束と恵みを経験し、それを周りの国々にあかしして行く役割が与えられました。
 かつて神は、イスラエルの先祖であるアブラハムに、子孫を増やしか彼らにカナンを地を相続させると誓われました。そのことばどおり、イスラエルの子孫は多く増やされていました。そして今や、エジプトの奴隷状態から救い出されて、約束の地に入ろうとしていたのでした。
 神は、誓われたとおりに行われます。神の真実とは、そのことばと行動が一致しているということです。主が真実の「誠実な神」(9節) であるゆえに、主の民とされたイスラエルの民は、これから遭遇する危険や困難に中を守られるのです。だから主を愛し、命令を守って、主から恵みの契約を受けるようにモーセは民たちに勧めたのです。


二、主の守りの約束(詩篇121篇)
 主の契約、約束とはどういうことかについて、詩篇121篇に言われています。ここでは『守る』ということばが六回も使われています。守ってくださる方は、みことばによって天地を創造された全能の神であると言われています。『右の手をおおう陰』とは、人が左側にいる人をかばいながら右手に武器を持って敵を倒すように、右側に主が立たれ、私たちを保護されることを表します。昼の日は日射病を起こし、夜の月は当時、ある疾病の原因と考えられていました。こうして、戦いや病など『すべてのわざわい』から守ってくださるのです。また『行くにも帰るにも』は普通、家庭や田畑を中心とした日毎の働き、すなわち全生活を指しますから、日常の様々な働きの中でも『今よりとこしえまでも』守り続けて下さるのです。神は人間のように途中で眠り込むようなことはありません。こうして主は、みことばのとおり、あなたのいのちを霊的にも肉的にも、すべての災いから、いつも守り続けて下さるのです。
(祈りましょう)


 

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