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作者 Administrator
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2007/01/25 木曜日 21:50:24 JST |
信仰によって、人々が七日の間エリコの城の周囲を回ると、その城壁は崩れ落ちました。 (ヘブル 11:30)
『エリコは、イスラエル人の前に、城門を堅く閉ざして』いました (1) それは、はた目には攻めるのにはむずかしく、容易に陥落しない鉄壁の陣を敷いているように見えました。 しかし主はエリコを、ヨシュアの『手に渡して』(2)おられたのです。
一、エリコの陥落(ヨシュア記 6章1−7節)
エリコを攻略するために主がヨシュアに示されたことは、実に奇想天外な方法でした。
まず、武装した戦士たちが先頭に立って行き (9節)、次に7人の祭司たちが7つの角笛を吹き (8節)、第三に祭司たちが主の契約の箱をかつぎ (8節)、しんがりに他の武装した戦士たちが進みます(9節)。 そしてこのような順序で、沈黙を守りながら、六日間は町の周囲を一度回り,七度目には七度町を回り、ときの声をあげるというものです (3−5節)
これらの霊的な意味は、次ぎの通りです。 *契約の箱をかつぐ=主が民の中におられ、民が主の導きに従うこと。 *沈黙を守る=民が主を信頼して待ち望むこと。 *角笛を吹く=『主が王であることを宣布し、民が約束の地を受け継ごうとしていることを告げています。
また、正しい順序は「秩序」を表し『7』は完全数ですから、このことは、エリコ攻略の時には神の秩序を重んじるとともに、半服従や半信半疑を捨て,全き服従と信仰とあかしが必要であることを教えているのです。
二、信仰による勝利( ヨシュア記 6章8−20節、ヘブル11章30節)
イスラエルの民は,主がヨシュアに仰せられたとおりに行いました。 ヘブル書の記者は(11章30節)と記します。 この行進自体はだれにでもできる容易なことですが、それはまた、信仰がなければ決してできないことでもありました。 主は,このイスラエル人の信仰を見て,奇跡を行われたのです。 エリコの城壁は,私たちの前に立ちはだかる大きな困難や苦難を象徴しその崩壊は、私たちが信仰によってその困難や苦難を乗り越えて行くことを表しています。 旧約時代の、しかも本当の戦争をしていたイスラエル人でさえ、約束の地における最初の戦いで、武力によらず、ただ信仰によって勝利をおさめたということは、新約時代の、それも霊的な戦いをしている私たちに、なんと大きな信仰の挑戦を与えてくれることでしょうか。
ヨシュアは城壁が崩れ落ちる前に 『ラハブと、その家に共にいる者たち』 以外の 『この町と町の中のすべてのを、主のために聖絶しなさい』 (神への奉納物として滅ぼし尽くしなさい)といいました(17節)。 『ただ、聖絶のものに手を出し』てはなりませんでした(18節)。 そして城壁が崩れ落ちたとき,イスラエルの民はエリコの町を攻め取ったのです。 |