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作者 Administrator
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2007/01/25 木曜日 21:46:10 JST |
すべてのことを、つぶやかず疑わずに行いなさい。(ピリピ2章14節)
アラムの将軍ナアマンは、勇者でしたがライ病に悩んでいました。 預言者エリシャによってライ病はいやされましたがそれは預言者のことばに従った結果です。最初は将軍の誇りのゆえに拒否しますが、最後はしもべのことばによって従ったのでした。
1)ナアマンの願い(第2列王5:1-7)
勇者でも悩みはあります。特にライ病の悩みは深刻で、身体的にも社会的にも苦しんでいたものと思われます。 ナアマンは妻に使える はしため から預言者エリシャのうわさを聞きました。
「サマリヤにいる預言者のところに行かれたら、きっと、あの方がご主人さまのライ病を治してくださるでしょうに」(3節)
早速、アラムの王に願って、紹介状を書いてもらい、多くの贈り物を持って出発しました。しかし、イスラエルの王はその手紙を読むと非常に困惑し、「彼は私 に言いがかりをつけようとしている」と言いました。政治的な問題をからめて考えると、すべてが複雑になってしまうのです。
2)ナアマンの怒り(第2列王5:8-12)
誤解は解け、ナアマンは預言者エリシャのところに行きました。エリシャは、彼に直接会わないで「ヨルダン川へ行って七たびあなたの身を洗 いなさい」と伝えさせました。それはナアマンの期待に反するものでした。エリシャはナアマンを出迎えなかったし、手を置いて治してもくれなかったからで す。
人間は誰でも、人間としての誇りがあり、思いがあります。 しかし主なる神や預言者の前に、それらをさっぱりと捨て去らなければなりません。それらをすべて捨て去って、神と預言者の前に幼子のような素直な心で立つことが大切なのです。 そのとき、主なる神はその人を祝福し、その願いに答えてくださったのです。
3)ナアマンの喜び(第2列王13-19)
ナアマンのしもべたちは、彼を戒め、エリシャの言う通りにするようにと勧めました。 そこでナアマンはエリシャのことばに従って、ヨルダン川に七度、身を浸しました。
「すると彼の体は元どおりになって幼子のようなからだのようになり、きよくなった」
ナアマンは非常に喜んで、贈り物を差し出しました。 しかし、エリシャはそれらを受け取りませんでした。 ナアマンは「しもべはこれからはもう、ほかの神々に全焼のいけにえや、その他のいけにえをささげず、ただ主にのみささげます」(17節)と告白しています。
ただ、異教の王に仕える者としての責任は果たさなければならないのでそれだけは「お許しください」(18節)とナアマンは言います。
唯一の神を礼拝する者となり、社会における責任も果たす、それが真の信仰です。 そこには微妙な問題もありますが妥協ではありません。 私たちも、唯一の神を礼拝し、社会における責任を果たす者となりましょう。 |