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作者 Administrator
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2007/01/25 木曜日 21:29:30 JST |
たちがまだ罪人であったとき、 キリストが私たちのために死んでくださったことにより、 神は私たちに対するご自身の愛を明らかににしておられます。 (ローマ5章8節)
一、十字架の死の理由(ローマ5章1−5節)
6節を読んで下さい。キリストが『定められた時に』死んで下さったと書いてあります。 イエスの十字架は神のご計画によるものです。 神が旧約聖書を通して預言された、人類を罪から救うという大事業が、この十字架によって完成されたのです。 神はアダムとエバが神に背いた時から人間のための救いの計画を用意しておられましたが、ひとり子であるイエスをこの世に送り、十字架にかけることによって、そのご計画を完成して下さったのです。
6節をもう一度見て下さい。 キリストが 『不敬虔な者のために死んで下さいました』 とも書いてあります。 『不敬虔な者』 というのは、神を敬わない人のことですが、つまり私たちのことです。 4章25節には、 『主イエスは、私たちの罪のために死に渡され』 と書いてあります。
二、十字架の死を生じさせる力(ローマ5章7、8節)
主イエスが私たちのために死なれたということがどういう意味をもっているのか、考えたことがありますか? 人間は誰でも死にたくないものです。 それも、誰か他人のために、自分から進んで死ぬなんてとんでもないことだと思いませんか。 7節を読んで下さい。 本当にそのとおりです。 けれども、イエスは 『私たちのために死んでくださった』 のです。 8節を読みましょう。 イエスがご自分の命を捨てられたのは『正しい人』でも『情け深い人』でもなく、罪人であり、不敬虔な者のため、つまりイエ スに反逆していた私たちのためだったのです。
これは神の愛の表れです。 十字架というのは、私たちに対する神の愛が示されたものなのです。 1ヨハネ4章10節を読んで下さい。
三、十字架の死がもたらす結果(ローマ5章9−11節)
それでは、神がそれほどの愛を示して下さった十字架によって、私たちはどのようになったのでしょうか。 まず、10節の前半を見て下さい。 十字架の結果の一つ目は、十字架によって神と和解できたことです。 今まで神に背き、敵対していた人間が、十字架によって、仲直りしたのです。
二つ目は、10節後半にあるように、いのちによって救いにあずかったことです。 いのちというのは、復活のいのちと力です。 私たちはこの新しいいのちを頂き、救われたのです。
三つ目は,神との交わりを喜ぶ者とされたことです。 創世記3章にあるように、罪を犯したアダムとエバは、神から隠れようとしました。 何か悪いことをして親から隠れようとした経験が皆さんにもあるかも知れません。 けれども,イエスの十字架によって私たちは,神との交わりを喜ぶ者に変えていただいたのです。
このような素晴しい恵みは、すべてイエスが私たちのためにかかって下さった十字架の結果です。 イエス・キリストこそ、救いの条件です。 イエス・キリストこそ救いの条件です。使徒4章12節を読みましょう。 |