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作者 Administrator
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2007/01/25 木曜日 21:26:33 JST |
『見よ。わたしは、世の終りまで、いつもあなたがたとともにいます』 (マタイ28章 20節)
一、復活の確証(使徒1章1-5節)
復活後の40日の間、イエスは多くの弟子たちや人々の前に現れて、ご自身が復活されたことを示されました。 四つの福音書と1コリント15章に、十回の記事があります。 死人が生き返るという信じがたい出来事であるからこそ、主イエスは『数多くの確かな証拠をもって、ご自身の復活を弟子たちに示されたのです。 『確かな証拠』と訳されたギリシャ語のテクメーリオンは、疑うことのできない『決定的な証拠』を意味します。
イエスは弟子たちに、聖霊のバプテスマを受ける日が近いことを告げられました。 『父の約束』(4節)とはイエスによって語られた、父なる神の約束である聖霊降臨を指します(ルカ24章49節、ヨハネ14章16、26節、15章26節)。バプテスマのヨハネによる水のバプテスマと対比させることによって、聖霊のバプテスマが際立っています。 これこそ、宣教に必要な神の力なのです。
二、大宣教命令と約束(使徒1章6−8、マタイ 28章16−20節)
『聖霊のバプテスマ』ということばを聞いた弟子たちは、今こそイスラエル王国の復興の時かと色めき立ちました。 主の復活の意味を十分に理解していなかったのです。 イエスは,彼らが知りたがっている、その時には触れず、ただ,聖霊が注がれることによって、彼らが経験した事実を伝える証人となるべきことを告げられたのです。 それは、全世界に出て行って、あらゆる国々に人々を弟子とし、父と子と聖霊の御名によってバプテスマを授け、イエスが示されたことを教えつづけることでした。
主イエスの宣教命令には 『見よ。わたしは,世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます』 という約束が伴なっています。 このイエスの力強い約束があり、その約束を信じて従う者を通して実現したのであり、今日も、そして今後も、その働きは前進して行くのです。
三、昇天(ルカ 24章50−53節、使徒1章9−11節)
『使徒の働き』の序文に 『私は前の書で,イエスが行い始め、教え始められたすべてのことについて書き天に上げられる日のことまで及びました』 とあるところから、ルカ24章50−53 がイエスの昇天を記したものであると考えられます。 イエスは弟子たちを『ベタニヤまで連れて行きてをあげて祝福された』とある(ルカ24章50節) イエスはそのオリーブ山の東の斜面にあり、イエスはそのオリーブ山から天に昇られました。 弟子たちは、それを目撃したのです。弟子たちは『天を見つめていた』。 ルカが好んで使う『見つめていた』ということばは、医学用語であると言われています。 そして弟子たちは、しっかりと見届けたのと同じありさまで、主が再び来臨されるとの預言を受けたのです。
キリストは受肉によってこの地上に来られ、十字架の死、復活、そして昇天によって御業を完成されました。 エペソ1章20、21を読みましょう。 |
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最終更新日 ( 2007/01/25 木曜日 21:32:43 JST )
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