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作者 Administrator
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2007/01/24 水曜日 16:16:43 JST |
勤勉で怠らず、霊に燃え、主に仕えなさい。 (ローマ 12章 11節 )
イエスのたとえ話は、すべて天の御国をテーマにしています。 第一回(13章)では天の御国はどのようなものであるか、 第二回 (18章)では天の御国におけるあり方、 そして第三回(25章)では天の御国におけるさばきが、 それぞれ語られています。 ここでは、ゆだねられた賜物と、それに対する責任が問われています。
一、忠実なしもべ(マタイ 25 章 14〜23節)
旅に出る人が、しもべにそれぞれの能力に応じたタラントをゆだねました。 1タラントは6000デナリであり、1デナリは当時の労働者の一日分の賃金でした。 すると現代の約6000万円あまりでしょうか? 5タラント、2タラントを任された者たちは、それを積極的に活用して倍にしました。 主人は 『よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう』 と言ったのです。
忠実なしもべは、かみからゆだねられている財産や才能を積極的に用いて、それを増やし活用します。
二、不忠実なしもべ(マタイ 25章 24〜28 節)
ところが、1タラント預かっていた者が来て 「あなたは厳しい方で不安だったので『あなたの1タラントを地の中に隠しておきました』」 と言ったのです。 絶対安全を願って埋蔵しておいたのです。 しかし、埋蔵は死蔵です。 主人は厳しく怒って、彼から1タラントを取り上げ、他の者に与えてしまいました。 彼は、不忠実なしもベで『悪いなまけ者のしもベだ』と言われています。
私たちも、神から多くの物と才能を与えられています。 それらを、どれほど開発し、活用しているでしょうか。 何もしないことは、誤りも犯さないように思われますが、それは、不信仰による、不作為の罪です。 私たちは、行った罪だけではなく、しなかった責任を問われるのです。
三、さばかれるしもべ(マタイ 25章 29、30 節)
神のさばきは、現在すでに、行われ、また終りの日にも行われるのです。 現在におけるさばきは 『だれでも持っている者は、与えられ豊かになり、持たない者は、持っているものまで取り上げられる』 ことです。 同じことが、種まきのたとえのところでも言われています(マタイ13章12節)。 そこでは聞いて悟る者はますます霊的に豊かになるが、聞いても悟らない者はすべてを失ってしまう。 ここでは、神からゆだねられている賜物を活用する者はますます豊かになるが、活用しない者はすべてを失ってしまうというのです。 終りの日のさばきは 『役に立たぬしもべは、外の暗やみに追い出しなさい。そこで泣いて歯ぎしりするのです』です。 弟子たちは神の国のために召され、神から賜物を与えられています。 もし怠けて役に立たなければ、神に見捨てられるだけなのです。 それは、すべてのクリスチャンに言えることで、神から与えられた努めを果たすことができなければ、神のさばきを受けることになります。 |