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作者 kyokai
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2009/12/13 日曜日 10:12:32 JST |
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きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。 (ルカ2章11節) Today in the towmn of Davide a Savior has been born to you. ( Luke 2 ; 11 ) New International Version.
一,羊飼いに告げた(ルカ 2章8−14節)
イエスがベツレヘムでお生まれになったとき、主の使いが羊飼いたちに現れて告げました。『きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。』 救い主は家畜小屋で生ま れ、最初の知らせは野の羊飼いに伝えられました。そこに神の不思議なみこころがあり、神の救いは低い者の世界から始まるのです。 しかし、そこには素晴らしい賛美がありました。御使いとともに天の軍勢が賛美して言いました『いと高き所に、栄光が、神にあるように、地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように』この賛美は、神に栄光,地に平和,人々に善意と読むことができます。いずれにしても、神のみこころがよく表現されています。 二、羊飼いは告げた(ルカ2章20節)
羊飼いたちは、主の使いが告げたことを確かめるために、ダビデの町であるベツレヘム へと急ぎました。そして飼葉桶に寝かされているみどりごを見つけ出し。それが告げられた救い主であると確信しました。見て確認し、そして確信したのです。 彼らは、見て確信したことを、他の人々に告げ知らせました。それを聞いた人たちの反応を、ルカは二つに分けて書き記しています。第一は、一般の民衆で『羊飼いの話したことに驚いた』彼らも、救い主の誕生を待ち望んでいたのですが、すべては彼らの期待を超えて異なっていたからでした。第二は、マリヤで『これらのことをすべて心に納めて、思い巡らせていた』。マリヤに、とっても、救い主の誕生は、理解をはるかに超えた不思議でした。それを正しく理解し受け入れるためには、心に納めて静かに考える必要がありました。神のみこころは、人間の想像を超え、思いと異なっています。それを、静かに思い、正しく理解することは何より重要です。 三,羊飼いは信じた(ルカ2章20節)
羊飼いたちは、自分たちが見たこと、聞いたことを信じました。『羊飼いたちは、見聞きしたことが、全部御使いの話の通りだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った』ここで、すべてが御使いに告げられた通りであったで、と言われているように、羊飼いたちはそのことを知って信じたのです。飼葉桶に寝かされているみどりごが、まさに救い主であることを知ったのです。 彼らは、そのことを信じたとき、まず神をあがめた。神が救い主を遣わされたことを感謝し、その神をあがめた。信仰は礼拝となった。また、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。礼拝は賛美となったのです。 このように、信仰は礼拝となり、礼拝は賛美となったのです。私たちも、この羊飼いたちと同じように、救い主イエス・キリストを信じ、神をあがめ、賛美のうちに生きる者となりましょう。それがクリスマスなのです
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最終更新日 ( 2009/12/13 日曜日 10:26:07 JST )
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