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わたしはあなたととものいる (出エジプト3章12節) ヘブル書には『信仰によって、モーセは成人したとき、パロの娘の子と呼ばれることを拒み、はかない罪の楽しみを受けるよりは、むしろ神の民とともに苦しむことを選び取りました』 礼拝メッセージMP3
一、神に導かれて(出エジプト2章11−25節) 大人になったモーセは、同胞イスラエル人がエジプト人に苦しめられているのを見てエジプト人を打ち殺し、砂の中に埋めました。民族意識に目覚めたのです。しかし、同じイスラエル人からも理解されず、パロに追われたモーセはミデアンの地に逃れました.ミデアンはアブラハムの妻ケトラの子で(創世記25章2節)、アカバ湾の東の方に広がる砂漠地方に住んでいました。 モーセは、ミデアンの祭司 (レウエル) の娘と結婚し、その地にしばらく滞在していました。子供の名をゲルショム(寄留者)と名づけているように彼はあくまで寄留者であって、永住するつもりはなかったようです(22節)。彼は神に導かれて生きる旅人であり、いつもその民イスラエルのことを思い続けていました。
二、神に召されて(3章) モーセは、羊を飼っている時、神の山ホレブまでやってきました。彼はそこで燃えてはいるが燃え尽きない不思議な柴の光景を見『モーセ、モーセ』という神の声を聞いたのです。神は命じて言われました。『行け。わたしはあなたをパロのもとに遣わそう。わたしの民イスラエルをエジプトから連れ出せ』 それに対して、モーセは自らの弱さを訴え、神の名を尋ねました。神は答えて言われました。『わたしは「わたしはある」という者である』(3章14節)ヘブル語ではエヘイェ・アシェル・エヘイェで『わたしは存在する』という意味です。このことばは、やがて神の聖なる御名を表すヤハウェとなったのです。 神はモーセを召して、イスラエル民族をエジプトから導き出す指導者とされたのです。
三、神に励まされて(4章1−17節) モーセは神に召されたが、神に従うことをためらいました。一つの理由は、エジプトの強大な勢力です。『彼らは私を信ぜず、また、私の声に耳を傾けないでしょう』(4章1節) 主は、それに答えてつえを蛇とし、手をライ病にするという二つのしるしを与えられました。 二つ目の理由は、自らの無力です。『ああ主よ.私は言葉の人ではありません………私は口が重く、舌が重いのです』(10節).主の答え『だれが人に口をつけたのか。………それはこのわたし、主ではないか』と言われました。それでモーセは『ああ主よ。どうかほかの人を遣わしてください』と懇願しています。 主は口の重いモーセのためアロンを備え、神のしるしとして、つえを与えられました。 モーセは、敵は強大であり自らは無力であることをよく知っていたが、神に励まされてその使命のために立ち上がったのです。主がゼルバベルに『権力によらず能力によらずわたしの霊によって』と言われたように (ゼカリヤ4章6節)
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