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神の国とその義をまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、 これらのものはすべて与えられます。 (マタイ6章33節)
33But seek first his kingdom and his righteousness, and all these things will be given to you as well. (Matthew 6 : 33 ) 神はアブラハムに『あなたの愛しているひとり子イサクを連れて、モリヤの地に行き 全焼のいけにえとしてイサクをわたしにささげなさい』(2節)と命じられました。そのことは、アブラハムにとっては耐えられないほどの試練であり、一人の父親として悩み抜いたと思われます。 しかし、聖書はそのことには一言も触れず、アブラハムはイサクを連れて出発しています。その途中、イサクは『全焼のいけにえのための羊は、どこにあるのですか』と尋ね、アブラハムは、『神ご自身が 備えてくださるのだ』と答えています。その時も、断腸の思いであったと思われますが、それについて何も説明もされていません。説明がないために、推測が多く、アブラハムの人間性を疑う者もいます。しかし、説明がないほどに彼の苦悩は大きく、彼は人間の苦悩を超えて神の命令に従っていたのです。(ヘブル11章17−19節)
二、神が備えられた。(創世記 22章11−14節)
アブラハムが、イサクを全焼のいけにえとしてほふろうとした時、神は御使いを通して語られました。 『今、わたしは、あなたが神を恐れることがよくわかった。あなたは、自分の子、自分のひとり子さえ惜しまないでわたしにささげた』(12節)ヨハネ3章16節のみことばと重ね合わせて読むと、そのひとり子をさえ惜しまずに与えてくださった、神の愛がよくわかります。 アブラハムが目を上げて見ると、一頭の牡羊が角をやぶに引っ掛けており、彼はそれを全焼のいけにえとしてささげました。『そしてアブラハムはその場所を『アドナイ・イルエ』と名ずけた。今日でも「主の山の上には備えがある」と言い伝えられている』(14節)。 主なる神は危機的な状況から救い出すだけではなく、すべての必要を備えてくださる方です。それは今日でも変わることのない真実です。
三、神が祝福された。(創世記 22章15−19節) 神は、再び御使いを通して語られました。 創世記 22章16、17節を読みましょう。
神を信じ、神の命令に従うことは、現実の人間には決して容易なことではありません。人間としての情愛を超え、大きな犠牲を払わなければならないからです。しかし、そのひとり子をも惜しまずに与え、私たちの罪のために十字架につけられた神の御愛がわかると、どんな犠牲を払っても、神を第一とし、神に従うことができるようになります。そして、その時、神は限りない祝福をもってこたえてくださるのです。
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