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平和を造る者は幸いです。その人は神の子どもと呼ばれるからです。 (マタイ5章9節) Blessed are the peacemakers, for they will be called sons of God. (Matthew 5 : 9 ) 礼拝メッセージMP3
アブラムとロトたちは、飢饉を避けてしばらくエジプトに滞在していたが、再びネゲブにもどった。彼らは飢饉にもかかわらず、家畜と銀と金とに非常に富んでいた。その後ベテルに移るが、多くの家畜を持っている彼らが住むには充分ではなかった。家畜が増えると争いが起こるが、アブラムは、主にある愛と思いやりによって、すべてを平和のうちに処理した目の前の利害関係ではなく、神を畏れ人を愛する心で処理する時、私たちも平和のうちに生きることができる。 一、神を敬うアブラム(創世記13:1−4節)
アブラムたちは、ネゲブからさらに旅を続けて、ベテルまでやってきました。そこは、彼らが以前生活していた所ですが、また『そこは彼が最初に築いた祭壇の場所である』(4節)。つまり、神を礼拝することがアブラムの行動のすべての基準でした。『その所でアブラムは,主の御名によって祈った』(4節)。
アブラムは、神を敬い、いつも神を中心に考え、神を第一にして行動しました、それは、続く選択の時においても、まったく同様でした。 神を敬うということは、日常の決断や生活の中で、具体的に表れてきます。人との関係を解決する時にも、生きた知恵として働く、それであって、初めて生きた信仰ということができるのです。
二、平和を求めるアブラム(5−13節)
財産や家畜が増えると、争いも増える。『アブラムの家畜の牧者たちとロトの家畜の牧者たちとの間に、争いが起こった』(7節)。アブラムは互いに平和に暮らすために、別れて生活をすることを提案し、ロトにその場所を選ぶ優先権を与えました。そこにアブラムの配慮があります。 平和に生きるためには、時として別々に暮らすことと、相手のことを優先的に考えることが必要です。 ロトはヨルダンの低地を選び取り、そこに移り住みました。そこは、緑と水に恵まれ、主の園やエジプトのように豊かでした。しかしそこに住んでいる人々は、よこしまで主に対しては非常な罪人でした。ロトは目に見える繁栄を求めて、人間的な選択をしたようです。そのことはやがて大きな災いとなります。 三、祝福を受けるアブラム(14−18節)
アブラムは、ロトとはなれた後、神から祝福を受けました。 『私は、あなたが見渡しているこの地全部を、永久にあなたとあなたの子孫とに与えよう』(15節)。平和にするために、相手のことを思い、自分の利益を優先しないアブラムを、神は豊かに祝福されたのです。そして、見渡す限りの土地を与え、その子孫を地のちりのようにおびただしくすると約束されたのです。そして、その約束は、文字どおり実現しました 私たちも毎日の人間関係の中で、まず神を畏れ、相手を思いやる者となりましょう。それは人間的には損をするように思われるかもしれないが、本当の平和をつくり、神の祝福を受ける道なのです。
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