|
作者 kyokai
|
|
2008/06/09 月曜日 17:11:52 JST |
神はこのように、人をご自身のかたちに創造された。(創世記1章27節)
So God created man in his own image, in the image of God he created him; male and female he created them. ( Genesis 1 : 27 )
一、ご自身のかたちに(創世記1章24−26節)
創造のクライマックスは、人間の創造です。創造の六日目に地上に住む動物をお造りになった神が自然界の一部として人間を創造されました。
ところが神は『人をご自身のかたちに創造された』のです(27節)。言うまでもなく、『神のかたち』とは姿や形のことではありません。いろいろな解釈があり、人は神の本質に似せて造られたとか、神との霊的な交わりが可能なものとして造られたとか言われます。
神は感情や理性や意志を発揮される人格 (神格?) のあるお方です。
人は神のかたちに造られたからこそ、人格的な尊厳をもち、神と交わり (神を礼拝し、神に祈る)神に任命されて、全地とその中にあるすべての生き物を支配するものとなったのです。
ダビデは『あなたの指のわざである天を見。あなたが整えられた月や星を見ますのに、人とは、何者なのでしょう。あなたがこれを心に留められるとは、人の子とは、何者なのでしょう。あなたがこれを顧みられるとは、あなたは人を、神よりいくらか劣るものとし、これに栄光と誉れの冠をかぶらせました。あなたの御手の多くのわざを人に治めさせ、万物を彼の足の下に置かれました。』(詩篇8篇4ー6節) と驚きを表しました。
二、いのちあるものとして(創世記2章7節)
おことばをもって無から天地を創造された神は『土地のちりで』人をお造りになりました。人が死ぬとちりに帰ると言われる由縁です。
それから『その鼻にいのちの息を吹き込まれた』すると『人は、生きものとなった』単なる『生物』ではなく、神の息を吹き込まれた特別な存在としての『いのちあるもの』となったのです。詩篇の記者は『彼らの息を取り去られると、彼らは死に、おのれのちりに帰ります』と言っています(104篇29節)。
三、男と女とに(創世記1章26−28節)
神は、人間を男(イーシュ)と女(イッシャー)に創造されました。
神は、アダムにふさわしい助け手としてエバをお与えになったのです。『これこそ、今や』は、『ついにふさわしい『女』を迎えた人の歓喜の劇的な表現』であり、『私の骨からの骨』は(一つの肉に由来しているという人格の本質に基づく親近感を表す』(新聖書注解 旧約㈵)
女は、男の助け手として造られましたが、それは単なる助手ではありません。『骨』はセム系の原語では『自分』の意味で用いられることがあるから自分自身、第二の自分の意味を含むと見られます。
女は男の単なるヘルパーではなく、なくてはならない存在として造られたのです。二人は平等でありそれぞれの賜物が生かされて共に歩む関係なのです。
『助け』は、神によく使われる言葉で、自分にできないことをやってくれる『助け』という意味。ほかの何ものにも代えがたい『ふさわしい助け手』ベストパートナーという意味です。
そういう意味でアダムとエバは、互いに補い合って『人』として神に仕えて行くことが期待されていたのです。
|
|
最終更新日 ( 2008/06/10 火曜日 23:57:06 JST )
|