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求めなさい。そうすれば与えられます。 (マタイ7章7節) Ask and it will be given to you; seek and you will find; knock and the door will be opened to ( Matthew 7 :7 ) 礼拝メッセージMP3
一、主イエスの愛を信じて、熱心に求める(マタイ 15章21、22節)
イエスは、信仰に耳を傾けないユダヤ人の多いガリラヤを離れて異邦の地(ツロとシドンの地)へ立ち退かれました (22節)。休息のためでもあったと思われますが、そこにイエスを待ち受けるかのように登場したのが『カナンの女』です。 カナン人はイスラエル民族がエジプトからパレスチナにやってくる前にそこの住んでいた先住民族で、その一部は北の『ツロとシドンの地方』に住んでいました。 そのようにユダヤ人との間に敵意があって当然のカナン人の女が『主よ。ダビデの子よ。私をあわれんでください。娘が、ひどく悪霊に取りつかれているのです』と、娘のいやしを熱心に求めています。 敵意の隔てを超えて溢れ出る主イエスの愛を信じているからです。
二、イエスの沈黙と拒絶の中にも、イエスの愛を感得する(マタイ15章23−27) この熱心な求めに対して、イエスは沈黙して『一言もお答えにならなかった』弟子たちからは『あの女を帰してやってください』(23節)と言われます。 沈黙の後、イエスはわたしは、イスラエルの家の滅びた羊以外のところには遣わされてはいません』(24節)と、彼女の熱心な求めを拒絶されました。 この拒絶の中にも、彼女はイスラエルの家の救いを願ってやまないイエスの愛の深さを感じたのです。 その愛の溢れ出てカナン人の女にも及ばないはずはない。そのように信じて、彼女は『イエスの前にひれ伏し』(さらに)『主よ。私をお助け下さい」と熱心に願い求めた』(25節)。
『子どもたちの(ユダヤ人) のパンを取り上げて子犬 (異邦人) に投げてやるのはよくないことです』(26節) と言われるイエスに、彼女は『子犬でも、主人の食卓から落ちる(溢れ出る愛の) パンくずはいただきます』(27節) と言いました。異邦人を『子犬』と呼ばれるイエスのことばにも、彼女は異邦人へのイエスの愛を感じたのです。
三、『あなたの信仰はりっぱです』(マタイ15章28節) そのように徹底してイエスの愛を信じて疑わないカナン人の女の信仰を、イエスは『あなたの信仰をりっぱですと称賛されています。彼女の願いがかなえられるのは当然です。 『りっぱです』は原語のギリシャ語を直訳すれば(大きい)。『あなたの信仰は大きい』と言われる (大きな信仰) とは、勿論、熱心な信仰であり、大胆な信仰です。そして謙遜な信仰でもあります。 しかし、何よりも、イエスの沈黙と拒絶の中にもイエスの溢れ出る愛を感じ獲得することのできる信仰なのです。
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