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私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。 (ピリピ4=13) I can do everything through him who gives me strength.(pirilippian 4 ; 13 ) 愛する主を、三度も知らないと否定したペテロに、復活の主は現れて下さり、牧者としての使命をゆだねられました (ヨハネ 21章15−19節)
そしてペンテコステの日、約束の聖霊が下ると、臆病だった弟子たちは力を受け、力強い使徒の姿に変えられたのです。
一、イエス・キリストの名によって(使徒 3章1−10節)
ペテロは、ヨハネと共に、午后3時の祈りの時間に『美しの門』を通ろうとして物乞いをしていた男に出会いました。この男は40才を過ぎていましたが(使徒4章22節)、生まれてから一度も歩いたことがなく、いつも門の前に座って、人々から施しを受けていたのです。男が欲しかったのはお金でした。 聖霊に満たされていたペテロは、この男に本当に必要なものは何かということを見抜きました。6節を読みましょう。たちまち男の足が強くなり、躍り上がって真っすぐに立ち、歩き出しました。そして、神を賛美しながら、ペテロやヨハネと一緒に宮に入って行きました。 男は、足が癒されただけではなく、神を賛美する信仰まで与えられたのです。御名による奇跡を目撃して、イエスを信じる者が多く起こされました。 二、アイネヤとタビタ(使徒9章32−43節)
ペテロが、ルダという所を訪問した時、アイネヤという人がいました。この人は、八年間も中風で寝たままでした。ペテロはアイネヤを憐れみ、彼の中に癒される信仰があるのを見ました。34、35節を読みましょう。ペテロはイエスが中風の人に向かって『起きて寝床をたたんで歩け』と命じられた時のこと(マルコ2章1−12節)を覚えていたのでしょう。ペテロは、そのイエスが自分と共にいて下さり、必ずアイネヤを立ち上がらせて下さると信じていたのです。 同じ頃、近くの町ヨッパにすんでいたタビタという女の弟子が、病気でなくなりました。信者たちは、ルダにいたペテロを呼びに行きました。ペテロに来てもらえば奇跡が起こると思っていたのかもしれません。死んでから時間が経っていたタビタの体は屋上の間に置かれていました。 以前、ヤイロの娘を生き返らせたイエスが (ルカ8章40−56節)、自分を通して働いて下さるという堅い信仰が、ペテロの心に与えられたのではないでしょうか。ペテロは、人々を外にだすと、ひざまずいて神に祈りました (40節) このようにして、ペンテコステの日に聖霊を受けたペテロは、聖霊の力によって全く変えられ、力強くイエスを宣べ伝えるようになりました。たくさんの不思議なわざを、ペテロはイエスの御名によってなし、多くの人々を神のもとに立ち返られせたのです。
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