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きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。 この方こそ主キリストです。 (ルカ2章11節) Today in the town of David a Savior has been born to you; he is Christ[a]the Lord. (luke 2 : 11 ) 礼拝メッセージMP3
ルカは美しい表現で、キリスト誕生の夜の出来事を、野の羊飼いたちに光を当てながら描き出します。飼葉桶に寝かされている救い主を最初に礼拝したのは、野で羊を飼っている人々でした。 一、羊飼いに告げた(ルカ2章8−14節)
イエスがベツレヘムでお生まれになったとき、主の使いが羊飼いたちに現れて告げました。『きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主が、お生まれになりました』 救い主は家畜小屋で生まれ、最初の知らせは野の羊飼いに伝えられました。そこに神の不思議なみこころがあり、神の救いは低い者の世界から始まるのです。 しかし、素晴らしい賛美がありました。御使いとともに天の軍勢が賛美して言います。 『いと高き所に、栄光が、神にあるように。地の上に、平和が御心にかなう人々にあるように』この賛美は、神には栄光、地に平和、人々には善意と読むこともできます。いづれにしても、神のみこころがよく表現されています。 二、羊飼いは告げた(ルカ2章15ー19節)
羊飼いたちは、主の使いが告げたことを確かめるために、ダビデの町であるベツレヘムに急ぎました。そして、飼葉桶に寝かされているみどりごを見つけだし。それが告げられた救い主であると確信しました。見て確信し、そして信じたのです。
彼らは、見て確信したことを、他の人々に告げ知らせました。それを聞いた人々の反応を、ルカは二つに分けて記しています。 第一は、一般の民衆で『羊飼いの話したことに驚いた』。彼らも、救い主の誕生を待ち望んでいたがすべては彼らの期待を超えて異なっていたからです。 第二は、マリヤで『これらのことをすべて心に納めて、思い巡らしていた』マリヤにとっても、救い主の誕生は、理解をはるかに超えた不思議でした。それを正しく理解して受け入れるためには、心に納めて静かに考える必要がありました。神のみこころは、人間の想像を超え、思いと異なっています。それを、静かに思い、正しく理解することは何より重要なことなのです。 三、羊飼いは信じた。(ルカ2章20節)
羊飼いたちは、自分たちが見たこと、告げたことを信じました。『羊飼いたちは、見聞きしたことが全部御使いの話のとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った』ここで、すべてが御使いに告げられたとおりであったので、と言われているように、羊飼いたちはそのことを知って信じたのです。
飼葉桶に寝かされているみどりごが、まさに救い主であることを知ったのです。彼らは、そのことを信じた時、まづ神をあがめました。神が救い主を遣されたことを感謝し、神をあがめたのです。 信仰は、礼拝になったのです。また、神をあがめ賛美しながら帰っていったのです。礼拝は賛美となったこのように、信仰は礼拝となり、礼拝は賛美となったのです。 私たちも、この羊飼いたちと同じように、救い主イエス・キリストを信じ神をあがめ、賛美のうちに生きる者になりましょう。
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