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わたしは世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。 (ヨハネ8章12節b)
"I am the light of the world. Whoever follows me will never walk in darkness, but will have the light of life." (Jhon 8 : 12b ) 礼拝メッセージMP3
一、わたしは神の働きをする。(ヨハネ9章1−4節) 生れつきの盲人を見て、弟子たちは『彼が盲目に生れついたのは、だれかが罪を犯したからですか』と質問しました。 病気や不幸は罪の結果であるという思想は、ユダヤ教にも一般の世界にもありました。それに対して、イエスは答えられました。『この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。神のみわざがこの人に現れるためです』救いようのない因果応報の思想から、希望に満ちた神の働きに目を向けさせます。 しかも、イエスは4節で言われているように、与えられている機会に積極的に神の働きをすることを強調しておられます。イエスは神の働きを行うことによって人間の絶望を神の希望に変えられるのです。
二、わたしは世の光である。(ヨハネ9章5節)
真っ暗闇の中を歩いているとき、そこに光があったらどんなに助けになるでしょう。また、広い砂漠の中で道しるべを見つけたら、どんなにうれしいことでしょう。しかし、その光や道しるべが私たちを間違った方向に導いていくとしたら、それは恐ろしいことです。 イエスが『わたしが世にいる間、わたしは世の光です』と言われたのは、ご自分が、この世の様々な問題に本当の解決を与え、正しい道に導く世の光となってくださったということです。 皆さんは、苦しみや困難の中で、解決の方法が見つからないということはありませんか。イエスを信じているなら、必ずその問題に打ち勝つことができるのです。8章12節を読んで下さい。
三、わたしは見えるようにする。(ヨハネ9章6−12節) イエスは、生れつき目が見えない人の目に泥を塗って、シロアムの池で洗うように言われました。 言われたように、行って洗うと、見えるようになりました。神の力によって、奇跡的にいやされたのです。そのことは、彼の周辺に大きな波紋を生じました。そして、彼はイエスが行われた大きな働きをあかしする、よい機会に恵まれたのです。 『それで、行って洗うと見えるようになりました』彼は見えるようになったのですが、イエスが見えるようにされました。 イエスは彼を、肉体的にだけではなく、霊的にも見えるようにされました。彼はイエスを信じ(38節)霊の目も開かれました。信仰の目も開かれたのです。逆に、イエスが『目の見えない者が見えるようになり、見える者が盲目となるためです』と言われたように見えることを誇っている者が見えなくなってしまう。そこに神の働きとともに、神のさばきがあります。 私たちも霊の目が開かれて、見える者になりましょう。
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