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主があらしを静めると、波はないだ。(詩篇107篇29節 )
He stilled the storm to a whisper; the waves of the sea were hushed. (psalm 107 : 29 ) 一、あらしが起こった(マルコ4章35一37節)
ガリラヤ湖のほとりで、イエスは群衆に信仰の教えを語っていらっしゃいました。大勢の人々が押し寄せてきたので、イエスは舟に乗って、岸にいる人々に向かってお話しになったのです。夕方になると、イエスは弟子たちに向かって『向こう岸に渡ろう』と言われました。群衆を離れて、少し休息するためです。 風もなく、穏やかな夕べでした。弟子の漕ぐ、ろの音岳が、静かな湖面に響くのどかな湖の様子を想像して下さい。ガリラヤ湖は、丘に囲まれた美しい湖です。ほかの舟に乗って主イエスについていった人もいるでようです。 ところが突然、吹きつけてきた激しい風が、この静けさを破りました。 ガリラヤ湖は、ハウランやヘルモン山などの高原から峡谷を通って吹き下ろす冷たい風が湖面から昇る暖かい空気とぶつかって、突風を起こすことで有名です。平穏な湖は一転して、あらしの海となりました。
二、あらしに悩む(マルコ 4章37−38節) 舟に乗っていた弟子たちの中には漁師もいました。彼らは以前このガリラヤ湖で漁をしていたのですから、こういう天候のことをよく知っていたはずです。ところが、この時は特別に激しいあらしだったのでしょうか。風が吹き、逆巻く波にもてあそばれ、舟底に水がたまり始めると、経験も知識も、恐怖のあまり役立たなかったのです。 弟子たちは、イエスがすぐそばにいらっしゃるのにイエスに頼ることを忘れてうろたえました。彼らがイエスの存在を思い出して助けを求めたのは、舟が沈みそうになった時でした。 イエスは船尾の方で枕をして眠っておられました。よほど疲れておられたのでしょう。この様子を見た弟子たちのいらだちが、38節によく表れています。ここには非難の響きがありますね。 私たちも自分の不信仰を棚に上げて、他人を責めることがないでしょうか。危機の時にこそ、神に信頼し、従い、冷静に切り抜けていきたいものです。
三、あらしを静める(マルコ4章40、41節) イエスは起き上がると、風をしかりつけ、湖に向かって『黙れ、静まれ』と命じられました。するとたちまち風はやみ、荒れ狂う波も静まりました。イエスは一言で風と波を静められたのです。 それからイエスは『どうしてそんなに怖がるのです。信仰がないのは、どうしたことです』と言われました。弟子たちはあわてふためく前に、イエスに助けを求めるべきだったのです。 信じられないような出来事を体験した弟子たちは、互いに言い合いました。『風や湖まで従わせるとは、いったいこの方はどういう方なのだろう』。 イエスは自然の創造者であり、支配者です。弟子たちは、水をぶどう酒に変え、不治の病人をいやす奇跡を見て、神から遣わされた救い主と信じて従ってきたのに、まだ心底から、そのことを理解していなかったのでしょう。 今、あらしを静めたイエスを見て、弟子たちは、イエスこそ万物の創始者であり、支配者であることを理解し始めたのでした。
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