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あなたは、私に従いなさい。 (ヨハネ 21章 22節) You must follow me. (john 21 :22 ) 礼拝メッセージMP3
一、イエスに呼びかけられる(ヨハネ 21章 1−14節) ペテロにとって、一つの冷却期間が訪れます。しかし、イエスにお従いした夢見るような3年間の興奮は、まだ完全に冷めきったとは思われません。実際、ペテロはこれから先、イエスとのかかわりでどんな働きをすればよいのか見当もつかなかったでしょう。イエスのいなくなった現実の中で、ペテロは、イエスとの思い出を心の中にしまいこみ、今日の糧を求めて、再び慣れた網を手にしたのです(3節)。 そんなペテロに、イエスは再びご自身を現されました。初めてペテロがイエスにお従いした時を再現するかのような場面でもあります(ルカ五章1−11節)。ペテロはこの時、重い網の感触に、イエスを全身に感じた、あの最初の時を思ったのではないかと想像されます。ペテロの心は再び興奮にうち震えたのです。 二、イエスの取り扱い(ヨハネ21章15−17節) もう一度、イエスにお従いしたい。けれども、記憶に新しい裏切りの失敗は、その思いを邪魔しているようでもあります。心の深みをいやしきれないペテロを、イエスは取り扱われます。 イエスはペテロに『わたしを愛しますか』と尋ねられます。以前のペテロであれば『愛しています』と自信満々に断言してはばからなかったでしょうに、最早そんな力強さは失せていました。むしろ『愛しますか』と問われるたびに、過去の失敗が剣となってペテロの心を苦しめているかのようです(17節) ヨハネは、イエスとペテロの会話を、ギリシャ語で書き留めた際、フィレオーとアガベーの使い分けをしました。それは、イエスのお取り扱いの妙味を伝えたかったのかもしれません。つまり、三度目のイエスの問いに使われたフィレオーということばには、心もとないペテロの愛を引き上げるようにペテロの目線まで下りてきて語られるイエスの優しい心遣いを感じさせられます。
三、イエスに使命を与えられる(ヨハネ21章18−23節 )
イエスは、ペテロの心の痛みをいやし、新たな使命を与えようとされます。イエスとのかかわりで、どんな働きをすればよいのか見当もつかなかったペテロに『羊を飼う』努めが明らかにされます。 実に神は、私たち一人一人にも、御計画をもっておられ、それを明らかにされるでしょう。 しかも、与えられた使命は個人的な務めでもあります。その務めにおいてライバルをもつ必要はありません(21節)。 使命は個別に与えられます。大切なのは、失敗しても、主は絶えず私たちを覚え、取り扱い、励まして、使命へと導いて下さることに対して忠実にこたえることなのです。
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