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作者 ushi
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2007/07/22 日曜日 16:23:21 JST |
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これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるため、また、あなたがたが信じて、イエスの御名によっていのちを得るためである。 (ヨハネ 20章31節) 一、旧約聖書はキリストについての証言(ヨハネ5章39節) イエスはユダヤ人たちに『あなたがたは、聖書の中に永遠のいのちがあると思うので、聖書を調べています。その聖書が、わたしについて証言しているのです』と言われました。ここで『聖書』というのは勿論旧約聖書のことです。イエス御自身が明言されるように、旧約聖書はイエス・キリストについて証言している書物にほかならないので66す。その証言は、来るべきお方としてキリストを預言し、その再臨を約束しています。その成就と実現を告知している文書が新約聖書なのです。
二、旧約聖書はキリストを預言する(使徒8章26−40節)
ユダヤ教に帰依していたエチオピヤ人の宦官がエルサレムへの巡礼から馬車に乗って帰国の途中、預言者イザヤの書を朗読していました。そこへ御霊に導かれて近づいたピリポは『あなたは、朗読していることが、わかりますか』と訪ねました。「導く人がなければどうしてわかりましょう』と宦官は、ピリポに導きを求めました。宦官が朗読していた聖書の箇所は、イザヤ書53章7−9節でした。 『預言者はだれについて、こう言っているのですか』と質問する宦官に、ピリポは『イエス・キリストについて預言している』と答え、キリストの十字架のことを彼にのべ伝えたのです。 イザヤ書53章に登場する『苦難のしもべ』は、十字架につけられるイエス・キリストを預言しています。そのように旧約聖書は、キリストを預言する書物なのです。
三、イエス・キリストを信じて救われるため(ヨハネ20章31節)
ヨハネ3章16節は聖書全体のメッセージの要約であると言われています。 『神は、実に、そのひとり子ををお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである』 神が世に遣わされたイエスこそ、神の子キリストである。聖書を通して語られる、この神のことばを私たちが聞いて信じ、罪から救い出されて、いのちの喜びを味わう者となる。この目的のために、聖書が私たちに与えられているのです。『聖書はあなたに知恵を与えてキリスト・イエスに対する信仰による救いを受けさせることができるのです』 (第二テモテ3章15節)
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最終更新日 ( 2007/07/22 日曜日 16:30:12 JST )
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