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作者 ushi
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2007/07/15 日曜日 14:09:34 JST |
生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋なみことばの乳を慕い求めなさい。それによって成長し、救いを得るためです。 (第一ペテロ 2章2節) 一、生まれたばかりの乳飲み子のように(第一ペテロ 2章2節) 神のことばによって新しく生まれたキリスト者は霊的な意味で『生まれたばかりの乳飲み子』です。肉における乳飲み子が生育するためには、お母さんの「あるいは人工の」乳を与えられなければなりません。同じように霊的な乳飲み子であるキリスト者も、成長するために、霊的な乳を与えられなければなりません、乳飲み子は、お母さんの乳を慕い求めます。 そのように、霊的な乳飲み子であるキリスト者も、霊的な乳(神のみことば)を慕い求めます。こうして、毎日、喜んで聖書を読む生活習慣が身につくようになります。
二、聖書は『純粋な、みことばの乳』(第一ペテロ 2章2、3節) 霊的な乳飲み子であるキリスト者が、それを慕い求めることによって成長する乳は、ここでは純粋な、みことばの乳』と呼ばれています。新共同訳では『混じりけのない』と訳されています。『純粋なは』は『混じりけのない』いう意味です。『みことばの』と『霊の』と訳語の違うのは、原語のギリシャ語に両方の意味があるからです。両方の意味を合わせて『霊のみことばの乳』といってもよいでしょう 聖書は『混じりけのない、霊のみことばの乳』です。 それを慕い飲む者は『主がいつくしみ深い方である』(3節) ことを味わうようになります。なぜなら、この『みことばの乳』は、イエスの十字架と復活のできごとに集約された『福音のことば』であって、その中身は『主のいつくしみ深さ』にほかならないからです。
三、成長し、救いを得るため(第一ペテロ 2章2−4節)
『純粋な、みことばの乳』である聖書は、それを慕い求めるように読む(飲む) 者に『主(イエス・キリストがいつくしみ深い方であること) をたっぷり味わわせてくれます。私たちが『純粋な、みことばの乳 (聖書) を日ごとに飲む (読む) ことによって味わうのは、この『主のいつくしみ深さ』なのです。それこそが私たちを健やかに成長させ、救いの完成ヘと導いてくれるのです。 このいつくしみ深い『主のもとに来なさい』(4節)。毎日聖書を開いて読み、神のことばを聞くことは、いつくしみ深い主のもとに来ること、そして、主のいつくしみ深さをたっぷり味わうことです。主のいつくしみ深さは、私たちの罪を無条件に赦し、私たち一人一人を『高価で尊い』(イザヤ 43章4節)子として受け入れてくださる愛にほかなりません。喜んで聖書を読むのは、この愛に包まれるからです。
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最終更新日 ( 2007/07/15 日曜日 22:25:21 JST )
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