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あなたがたが父に求めることは何でも、父は、わたしの名によって それをあなたがたにお与えになります。(ヨハネ 16章23節c) I tell you for certain that the Father will give you whatever you ask for in my name. (John 16:23 CEV)
一、主の祈り(マタイ 6章9−13節 )
主イエスは異邦人のようにではなく、このように祈りなさいと『主の祈り』を教えられました。私たちは、何よりもまず、この祈りを理解して祈るべきです。
(1)祈りの対象 (9節)まず祈りの対象を明確にしましょう。私たちが祈るのは、天にいて、すべてを知り、すべてを支配して居られる全能のお方です。しかも、私たちの父と呼べるほど、あわれみ深い方なのです。(ローマ8章15節、ガラテヤ4章6節)
(2)最優先すべき祈り(9、10節) 私たちは、主の祈りの順序に注目すべきです。私たちが自分自身や他の人の必要を願う以前に願うのは神の栄光です。 9節『御名』とは、神ご自身のことです。私たちは何よりまず、神の偉大さ尊厳を知り神を崇めるべきです。私たちの神は小さすぎるのではないでしょうか。私たちが神の偉大さを本当に知っていく時に、御名が崇められるようにという願いが第一になります。 (10節)『御国』とは神の支配のことです。現在信じている者はその中に入っており、再臨の時に全世界に広がると記されています。この世はサタンの支配下にあります。サタンによって、人は惑わされ、罪を犯し、神を拒否し、自らを苦しめているのです。しかし、私たちの主人はサタンではなく主イエスです。暴君ではなく、きよさと愛に満たされたお方です。この祈りは、このお方の御支配が、クリスチャンと他の人々に及ぶように願っているのです。が来た結果、人々がみこころを行うようになることを願う祈りです。 *『みこころが天で行われるように』これは『御国』が来た結果、人々がみこころを行うようになることを願う祈りです。
(3)私たちの必要(11節) この祈りは、今日の糧を与えてくださっているのは、究極においては神であることを告白しています。私たちの命を食物によって支えてくださっているのは、神です。 (12節)人の罪を赦せるのは神だけです。また赦された私たちには、この祈りによって他の人を赦す決断が迫られています。 (13節)確かに試みによって私たちは成長します。しかし『試みにあわせないで』は、私たちの本音であり、みこころにかなう祈りです。また、神は、私たちが耐えられない試みに合わせるようなことはなさいません。(第一コリント10章13節)
二、イエスの御名による祈り(ヨハネ 14章13節)
以上の祈りはすべて、主イエス・キリストの名によって祈られるべきです。なぜならキリストなしには、汚れた私たちは、神の御前に出ることすらできないからです。しかし、イエスキリストの十字架の血によって私たちは聖所に入り、大胆に恵みの座に近づくことが出来るのです。(ヘブル9章12節、10章19−22節 )イエスの御名によって祈る時、神は聞いてくださいます。
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