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作者 ushi
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2007/04/01 日曜日 14:59:11 JST |
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神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、 この世を愛された。(ヨハネ3章16節)
一、イエスさまの十字架 (マタイ27章33−50節) イエス様は,十字架にかけられることになりました。そしてご自分がかけられる十字架を背負わされて,ゴルゴタという丘まで歩いていらっしゃったのです。(ヨハネ19:17節) ゴルゴタの丘で,イエス様は十字架にかけられました。両手と両足をくぎで打たれて、イエス様はどんなに痛かったでしょう。十字架のしたでは、兵隊たちがくじを引いてイエス様の着物を取り合っていました。ひどい人たちですね。 十字架には『この人はユダヤ人の王様です』と書いてありました。それを見た人々は『王様、ばんざい』と言ってイエス様をからかいました。本当は,イエス様はどの国の王様よりもりっぱな神様のひとり子なのに、みんなにはそれがわからなかったのです。 道を通る人たちが,十字架の上のイエスさまを見上げて言いました。『おい、イエス、おまえが本当に神の子なら十字架から下りたらどうだ』『十字架から下りたら,信じてあげるよ』。 イエス様は本当の神様ですから、十字架から下りようと思えばいつだって下りることができるのです。でもイエス様は黙ってがまんなさいました。イエス様はみんなの罪をゆるして、みんなが神様のお国(天国)に入れるようにするために十字架におかかりななったのです。それがイエス様の大切なお仕事なのです。 お昼の12時になると、太陽がかくれて真っ暗になりましたくらやみは3時間もつづきました。何が起こったのだろう。とみんなが不安になりました.その時、イエス様が大声で『エリ、エリ,レマサバクタニ』と叫ばれました。『神様、どうしてわたしをお捨てになったのですか』という意味です。イエス様はみんなの代わりに神様の罰を受けてくださったのです。それで、イエス様を信じる私たちは神様の罰を受けなくてもよいようになったのです。それからイエス様は,十字架の上で息を引き取りました。 二、まことの神の子(マタイ27章51−56節) イエス様が息を引き取った時、地面がグラグラゆれました。十字架のそばで、最初からずっとイエス様を見ていたローマの隊長や兵隊たちは『イエス様は本当に神の子だった』と言いました。でも、最後までそれがわからない人のほうが多かったかったのです。イエス様を信じる女の人たちが、遠くから泣きながら見ていました。
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最終更新日 ( 2007/05/06 日曜日 20:12:28 JST )
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