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作者 Administrator
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2007/01/25 木曜日 23:33:19 JST |
あなたがたは,十分に気をつけて、あなたがたの神、主を愛しなさい。 (ヨシュア23章11節)
一、主の業を思い起こそう。=過去(1−4節)
晩年のヨシュアがこの訣別のことばを語ったのは 『主が周囲のすべての敵から守って、イスラエルに安住を許されて後、多くの日がた』 っていた時でした(1節)。 人は,苦しみと戦いの中にある時は、さまざまな危険にさらされ、いろいろな誘惑を受けますが,反対に,何事もなく守られて平穏な毎日を送り、しかもそれが長い年月にわたると、緊張感がゆるんで、これがまた堕落の危険性があることを忘れてはなりません。
このような油断と危険から守られる唯一の秘訣は、過去において私たちのために働かれた主のわざを覚えるとともに、今日私があるのはただ神の恵みによるということを思い起こして、へりくだることです。 このようにする時、私たちは 『貧しさの中にいる道』だけでなく 『豊かさの中にいる道』も知ることができるのです(ピリピ4章12節)。
二、神の律法を守り,主を愛せよとの諭し=現在(5−11節)
このようにしてヨシュアが指導者たちに主のわざを思い起こさせたのは、彼らが神の律法を守るとともに、主を愛するようになるためです。 この個所には、神の律法を守り,神を愛するための心構えが三つ記されています。
第一は『断固として』(6節)とあるように,強い意志が必要です。 私たちは、たとえ実行力が弱くても、物事を成し遂げようとする強固な意志があるならば,それを行う力が与えられます。 『意志のあるところに道がある』ということわざのとおりです。
第二は、主がなさった奇しいわざに驚嘆し、喜んで神に仕えることです。 私たちは 『主が、ことごとく私に良くしてくださったことについて、私は主に何をお返ししょうか(詩 116篇12節) と、神の恵みに感じ、感謝に溢れて歩むことが大切です。
第三は『十分に気をつけて』(11節)とあるように,細心の注意を払うことです。 私たちは、熱心さだけではなく知識が必要であり、知恵と思慮深さがなければなりません。
三、主の警告は必ず実現する=将来(12−16節)
このようにしてヨシュアは『転ばぬ先の杖』として,神の律法を守り、主を愛 することを教えました。 しかし彼は、イスラエルの民が律法を破り主に背き、堕落してしまうならば、必ず滅び失せることも警告しました。
罪は恐ろしい病原菌のようなものです。 もし私たちが病原菌を撲滅せず,からだの中に侵入したままにしておくなら、病気になり、ついに死に至るように、私 たちが罪を始末せず、それをなおざりにしたり愛したりするならば,罪は必ず私たちを堕落させ、最後は私たちを滅ぼしてしまうのです。 私たちの将来は、次ぎの二つのうちのどちらかです。すなわち、神に従うことによって主が約束された 『すべての良いこと』が実現するか、それとも神に背くことによって主が警告された『すべての悪いこと』が実現するかです(15節)。
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