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作者 Administrator
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2007/01/25 木曜日 21:53:43 JST |
わがたましいは主をあがめ、わが救い主なる神を喜びたたえます。 (ルカ1章46、47節)
一、マリヤへの御告げ (ルカ1章26−38節)
「ナザレ」は,旧約聖書には出てこない地名です。 旧約と新約の中間時代に,人々が入植して作った新しい開墾地です。 通常そうした地には、すでに社会的地位を固めている人たちは入植しません。 どちらかというと貧しい人たちが,新しい生活を求めて住み着いて町を築き上げていく。 そうした地に育ったマリヤとヨセフは、ダビデ王家の末裔とはいえ、それは過去の栄光であって,現在の社会の中では無名の貧しい若者でした。ただ,神への信仰・信頼は揺るぎのないものでし た。
そんな若者を、神は救い主の両親としてお選びになり、御使いガブリエルを遣わされたのです。 マリヤが聖霊なる神によって妊娠したことは,奇跡以外の何ものでもありません。 『神にとって不可能なことは一つもありません』 という事実を私たちがそのまま信じることが出来るか否かが問われています。
神は無論手品師のようにおもしろおかしく不思議なことをあれこれ気ままに行うお方ではありません。 ただ、全能のお方であられるので、ご自身が熟慮のすえ行うとお決めになったことは、間違いなく確実に実行なさるのです。
二、マリヤとエリサベツ(ルカ1章39−45節)
御使いの御告げを受けて,マリヤは親類のエリサベツのもとを訪れ、妊娠初期の不安定な時期を信仰者同士励まし合いながら過ごしました。マタイ1章にある ヨセフの葛藤と御使いの御告げは、この時期のできごとであったのでしょう。
三、マリヤの賛歌(ルカ1章46−56節)
お互いに与えられた神の祝福を確認したマリヤは、主を賛美する歌を歌いました。 1サムエル2章のハンナの祈りにも共通する、主なる神への全き信頼を歌った賛歌です。
マリヤの賛歌は,美しい歌ですが、ただ甘いだけの歌ではありません。 その根底には力強さがあります。
歌われているのは、信仰による革命とも言うべき内容です。 マリヤは、まず個人的な祝福を感謝します。神の力強い御業を認めます。 そうして、それを信仰により一般的な原則に広げて、神の主権を告白します。 神はその主権をもって、この世の権力におごり高ぶる者を引き下ろし、無名でも貧しくても神に信頼する者を高く引き上げてくださる、と。静かで美しい中に,揺るぎのない神信仰 が溢れています。 |