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作者 Administrator
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2007/01/25 木曜日 21:52:41 JST |
もし私たちが御霊によって生きるなら、御霊に導かれて,進もうではありませんか。 (ガラテヤ 5章25節)
一、御霊の実を結ぶ (ガラテヤ 5章16〜24節 )
私たちが生きているのには目的があります。 あなたはそれが何だとおもいますか。 たとえば、農業の人がトマトの苗を植えて,一生懸命に肥料をやったり消毒をしたりしたとします。 でも結局、葉ばかり繁って実を結ばなければどうでしょう。 引き抜いて捨ててしまうでしょう。 それと同じように、私たちの人生がいくら楽しかったり,面白かったりしたとしても,本当の実を結ばなけいなら、むだ な人生になってしまうのです。 では、私たちが結ばなければならない実とはどんな実なのでしょう。 それがこの聖書の個所で見ようとしている『御霊の実』なのです。 まず、16節−21節では『肉の行い』ということが述べられています。 「肉」というのは神に従わない自分勝手な生き方をする性質をさしています。 そういう生き方は御霊の導きに逆らっており、19−21節に書いてあるようにいろいろな罪の行動をもたらします。 神を知らない人々は,罪の生活の方が楽しいと思ったり、正しいとさえ思っています。 けれども、それは葉ばかりのトマトのように実を結びません。 なぜなら、21節の後半に書いてあるように、そういう人は天国に入れないからです。
これに対して,22,23節には『御霊の実』が何であるかが具体的に示されています。 ここには九つの実が挙げられていますが、これらはすべて、神を信じる人の心の中に神が結ばせて下さるものです。
二、勧め(25、26節)
それでは、どうしたら御霊の実を結ぶことができるのでしょうか。 それは,私たちが御霊によって導かれる生活をすることによってのみ可能なのです。 では、御霊に導かれて生活するとは、具体的にはどういう生活なのでしょうか。 この問題をもう少し詳しく学んでみましょう。
第一に、聖書のみことばに従うことです。 あなたの心にいつもみことばがあるならば、御霊はみことばを通して働き、あなたの歩みを導いて下さいます。
第二,御霊に導かれるために次に大切なことは、祈りです。 祈る時,御霊が働き、肉の欲望に打ち勝つ力を与えて下さいます。 さらに、御霊の実を結ぶためには、私たちの側の意志と決断も必要です。 以上のように、私たちがみことばを蓄え,祈りによって力をいただき、みことばに従う時、私たちは御霊に導かれて生 活していると言うことができます。 そして、御霊ご自身が私たちに御霊の実を結ばせて下さるのです。 |