ランダムみことば

このように,これら小さな者たちの一人が滅びることは,天におられるわたしの父のご意志ではない。マタイ 18:14

ユーザメニュー

リンク登録
ログアウト

ログインフォーム

●ログインなしでも自由に記事を閲覧できます。





パスワードを忘れました?
未登録ですか? 新規登録
●ログインするにはメンバー登録が必要です●メンバー登録にはニックネーム、メールアドレス、任意のパスワードを登録します。●メンバー登録は無料です(記事を投稿する権利があるかないかの違いです)。

オンライン状況

RSS配信

Home
2007/2/4 ヤイロの娘のいやし
作者 Administrator   
2007/02/04 日曜日 23:56:39 JST

『恐れないで、ただ信じていなさい』(マルコ5章36節)

 

 一、ヤイロの求め (マルコ5章21−24節)


 イエスのもとにやってきた大勢の人々の中に、会堂管理者であるヤイロという人がいました。この人はパリサイ人の一人であったと思われますが、死にかけている娘をいやしてくださるのは、イエスしかいないと思ったのでしょう。周りの目を気にせず、必死で願ったのです。23節を読みましょう。


『神様は私たちの心の中をすべて御存知なのだから、祈っても祈らなくても同じだ』という人がいます。しかし、心の中の願いを主に申し上げることは、とても大切なことです。ヤイロも、イエスにきちんと願い出ることによって、イエスが愛をもってその願いに答えて下さるお方であることを、やがて具体的な経験としてはっきり知ることができました。

私たちは、一つ一つの願いを主に申し上げることを通して、確かに主が存在し、私たちを愛し、私たちのどんな小さな語りかけにも耳を傾けて下さることを知るという経験をします。そして、その確かな経験を積み重ねることによって、主との交わりをさらに深めていくことができるのです。


二、長血をいやされた女の信仰(マルコ4章 25−34節)


 イエスがヤイロの家に向かう途中一人の女性に出会いました。この女性はとても悲しい過去の持ち主でした。25、26節を読みましょう。この人も、ヤイロと同じように、主のみもとに行けば、必ず病気はいやされると信じていました。そしてその大きな信頼の心をもって押し合いへし合いしている大勢の人に紛れ、イエスの着物にそっと触ったのです。27−34節を読んで下さい。


 イエスは、信頼をもって御自身に近づく者を、決してお見捨てにはなりません。私たちも、主の導きと力に期待して、主の前に問題を差し出すならば、主は、必ずその信頼に報い、解決を与えてくださいます。


三、ただイエスの愛、主のことばを受け入れる信仰(35−43節)


 さて、ヤイロの娘はどうなったでしょう。35節を読みましょう。ヤイロは大きく心が揺れたことでしょう。しかし、イエスは36節のお言葉をヤイロにおかけになりました。そして、娘を元気に生き返らせてくださったのです。37−43節を読んで下さい。
  『信仰』と言うととても難しく感じます。『信仰深く』なるためには、どんなふうに努力したり励んだりしたらよいのだろう、と思ってしまうのです。しかし『信仰』という世界に努力は必要ありません。

赤ちゃんがどんなときもお母さんの愛を疑わないように、主の愛をありのまま受け入れ主のお言葉をそのまま素直に信じて心安らかにしていることが、信仰なのです。主がいやして下さることを一心に信じて、主の着物に触った女性のように、ただ主を信じましょう。ヤイロに声をかけられた主は、心配してくよくよ悩む私たちにも『恐れないで、ただ信じなさい』と語りかけていて下さいます。
 

 

 
2007/01/28 嵐をしずめる
作者 Administrator   
2007/01/28 日曜日 23:02:55 JST
風も水も、お命じになれば従うとは、いったいこの方はどういう方なのだろう。
  (ルカ8章25節)



一、大あらし(マルコ 4章35−38節)

 今日の聖書個所の舞台であるガリラヤ湖は、海面より二百mも低い所にあり、周りは山に囲まれています。
その山から吹き下ろす冷たい空気が湖上で湖面からの暖かい空気とぶつかって、激しい突風を引き起こすことが今でもしばしばあります。

 ガリラヤ湖の向こう岸へ行こうとしたイエスと弟子たちの乗った舟は、そのようなあらしの出会いました。
波をかぶって水が舟の中にいっぱいになりました。
しかし、イエスは舟の後ろでぐっすりと眠っておられたのです。
弟子たちはあわてふためいていました。
彼らはもともとプロの漁師であり、突然のあらしにも慣れていたはずですから、そのあらしがどんなにものすごいものであったかわかるでしょう。
弟子たちは、眠っておられるイエスを起こして言いました。
『先生。私たちが溺れて死にそうでも、何とも思われないのですか』(38節)。

 イエスがあらしの中で寝ておられたことは二つのことを表しています。
 第一は、イエスが極端に疲れておられたということです。
イエスはスーパーマンではありませんでした。
人々を教え、いやす仕事に、イエスの肉体は疲れ果てていたのです。

 第二は、父なる神に対する信頼です。
弟子たちがイエスを起こしたことも、二つのことを表しています。

 第一は、神に対する信頼の欠如。
そしてもう一つは、イエスと風や波の関係がわからなかったということです。


二、風と波を支配するイエス(マルコ 4章39−41節)

 イエスは起き上がって、湖をしかりつけておっしゃいました。
『黙れ、静まれ』(39節)すると、風はやみ、湖面は鏡のように静まったのです。
イエスは
『信仰がないのは、どうしたことです』
と言って弟子たちの不信仰をおしかりになりました。

 信仰とは、世界を主イエスとを結びつけることです。
弟子たちは、この出来事を通して、風や波とイエスとの関係を理解することができました。
『私たちの周りの自然とイエスは無関係ではない。いや、イエスは自然をも支配する方である』
と理解することができたのです。
イエスは私たちの救いだけに関係があるのではなく、全世界を支配する創造主です。
日曜日だけに関係のあるお方ではなく、私たちの毎日を支配し守ってくださるお方です。
弟子たちはボートの中で恐れる必要はなかったのです。
信頼は、イエスがどのようなお方であるかを知ることから始まります。

 私たちが乗っている舟の船長は、イエスです。
神を信じない人はほかの色々な船に乗ってあらしに会います。
お金が船長の舟、木や石で造った神が船長の舟、自分自身が船長の舟。
大あらしが来た時、そのような船長は何もできないで舟と一緒に沈んでしまいます。
イエスの舟もあらしに会います。
しかし、この舟はどんなあらしにも安全なのです。
最終更新日 ( 2007/01/29 月曜日 16:02:17 JST )
 
サイトシステム変更のお知らせ
作者 Administrator   
2007/01/26 金曜日 15:23:27 JST

大変長らくご迷惑をおかけいたしました。
管理者のayaです。

当サイトは「PHP NUKE」を採用していましたが勝手ながら本日2007年1月26日より「JOOMLA」へと システムを変更いたしました。

最終更新日 ( 2007/01/26 金曜日 15:29:12 JST )
続きを読む...
 
<< 最初 < 戻る 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 次へ > 最後 >>

結果 89 - 92 of 162
クリスチャン掲示板
無料画像、素材、ダウンロード

リンク:BLAQLO

Christian Arts & MusicBLAST 手作りアクセサリー販売や音楽スクールのサイト

ブラスト

リンク:Heaven's Seed

聖書にヒントを得たクリスチャンTシャツ とゴスペルレゲエ

ヘブンズシード・Tシャツ・雑貨・クリスチャン・レゲエ

リンク:飢餓対策

日本国際飢餓対策機構 は、人間の尊さを重んじ地球家族に奉仕する非営利の NGO(民間援助団体)です

日本国際飢餓対策機構

 
© 2008 東大阪キリスト教会:レオナードクート:礼拝メッセージ:聖書:愛、喜、平和:ペンテコステ
Joomla! is Free Software released under the GNU/GPL License.
Translation is Joomla!JAPAN