ランダムみことば

人が全世界を手に入れても,自分の命を失うなら,何の益になるだろうか。人は自分の命と引き換えにいったい何を支払うというのか。マタイ 16:26

ユーザメニュー

リンク登録
ログアウト

ログインフォーム

●ログインなしでも自由に記事を閲覧できます。





パスワードを忘れました?
未登録ですか? 新規登録
●ログインするにはメンバー登録が必要です●メンバー登録にはニックネーム、メールアドレス、任意のパスワードを登録します。●メンバー登録は無料です(記事を投稿する権利があるかないかの違いです)。

オンライン状況

現在
ゲスト 3 人
がオンラインです

RSS配信

Home
パウロの回心
作者 kyokai   
2010/01/17 日曜日 09:36:29 JST

だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。 (第二コリント5章17節)

Therefore, if anyone is Christ. he is a new creation; the old has gone. the new has came! ( 2 corinthians 5 : 17 ) New International Version

礼拝メッセージMP3礼拝メッセージMP3 

一,迫害者サウロ( 使徒9章1、2節 )

 『イエス様は十字架の死から復活なさいました。イエス様こそ神が贈ってくださった救い主なのです』。このように伝える弟子たちに激しく反発する人たちがいました。『イエスが神の子であるはずがない』『あんな奴を信じるなんて神様に背くことだ』サウロもそう思っている人の一人でした。

旧約聖書をよく学び、神様の教えを熱心に守る人でした。サウロはユダヤ人の指導者である大祭司のところへ行き、こう頼みました。『イエスを信じる者たちを捕まえに行きたいので,許可書をください』イエスを信じる者は男でも女でも捕まえてよいという許しを受けて、サウロは仲間と一諸にダマスコの町に向かいました。


二、天からの声(使徒9章3−9節)

 ダマスコの近くまで来た時です。突然、天からの光がサウロを照らしました。『まぶしい!』サウロはばったりと地面に倒れ伏しました。『サウロ,サウロ、なぜわたしを迫害するのか。』不思議な声が聞こえました。サウロは震えながら『あなたはどなたですか』『わたしは、あなたが迫害しているイエスです。立ち上がって、ダマスコの町に入りなさい。そうすれば、あなたのすべきことがわかります。』

 パウロの仲間たちは、だれも見えないのに不思議な声だけが聞こえるので、ぼう然と立ちつくすばかりでした。恐る恐る立ち上がったサウロの目は、何も見えなくなっていました。サウロは仲間に手を引いてもらい、ようやくダマスコの町に入りました。そして三日間、食事もせづに祈りながら過ごしていました。


三、新しい心・新しい使命(使徒9章10ー31節)

 そんなサウロのもとに、アナニヤという人がやって来ました。アナニヤはイエス様を信じる人でしたが、イエス様に遣わされて、サウロに会いに来たと言うのです。10ー15節を読みましょう。初めは驚いたアナニヤですが、イエス様のお言葉に従って出かけたのでした。

 アナニヤはサウロの上に手を置いて言いました。『兄弟サウロ、あなたがここに来る途中で現れたイエス様が私を遣わされました。あなたが再び見えるようになり、聖霊に満たされるためです』するとすぐに、サウロの目からうろこのようなものが落ちて、再び見えるようになりました。サウロはイエスを信じたしるしのバプテスマを受けて、ダマスコに住むイエスの弟子たちと過ごしました。

 それからのサウロは、まるで別人のようになりました。人々が集まる会堂を回り、イエスが救い主であると、力強く伝え始めたのです。『あの男は,イエスを信じる者たちを捕まえていたのに』あまりの変わりように、周りの人たちはただ ただ驚くばかりでした。


 サウロはエルサレムに帰り、エルサレム教会の仲間に入ろうとしましたが、皆はサウロの過去を知っているので、信用してくれませんでした。けれども,バルナバという弟子がサウロを受け入れて、12弟子たちに紹介してくれました。それ以後サウロは、エルサレムでもイエスの福音を伝えるようになりました。このサウロが後にパウロと呼ばれる大伝道者になるのです。

最終更新日 ( 2010/01/24 日曜日 15:10:42 JST )
 
神を礼拝する
作者 kyokai   
2010/01/10 日曜日 16:59:30 JST

 私は生きているかぎり、主をほめたたえよう。(詩篇146篇2節)

I will praise the LORD aii my life: (Psaim 146 : 2 ) New International Version


礼拝メッセージMP3礼拝メッセージMP3   


一、主に聖別する(㈼歴代29章1−30節)

 ヒゼキヤが南王国ユダの王となったのは、25才の時でした。王になってまず最初にしたことは真実の礼拝のために、その民を聖別したことです。
 その頃、人々は、まことの神をないがしろにし、そのまことの神を礼拝する場所であった神殿に異教の神々を礼拝するために用いるような物まで持ち込んでいました。このような時にヒゼキヤ王は、宮の修復をさせ、神に仕えるべき祭司やレビ人たちに『今、あなたがたは自分自身を聖別しなさい』と命令しました。まことの神に背を向けて、乱れた生活に日々を過ごしている祭司やレビ人たちに、まず自分自身をきよめ、神に自分をささげるよう勧めたのです。

パウロもローマ12章1節で『あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い,生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です』真実の礼拝は,あなた自身を『神に受け入れられる、聖い,生きた供え物としてささげる』ことです。

 ヒゼキヤ王は宮を修復してから、まことの神を礼拝するのにふさわしくない物を宮から出してしまうように命じました。それで祭司たちは、宮にある汚れた物,偶像礼拝に使った物などを、全部捨てました(16節)。イエスも同じように、エルサレムの神殿にいた商売人を追い出して,宮を浄められました。私たちの体も、神の宮(㈵コリント6章19節)です。私たちの内に、まことの神を礼拝するのにふさわしくないものがあるでしょうか。。今それを全部捨ててまことの神を礼拝しましょう。

二、主にいけにえをささげる(㈼歴代29章20ー24節)

 ヒゼキヤ王は,民を聖別し、神殿を浄めただけではなく、神に背いていた罪を赦していただくために、いけにえの動物をささげました。礼拝する時には,罪の贖いと主なる神への献身を表すために、いけにえの動物をささげることになっていたのですが、ヒゼキヤの前の王は、まことの神を礼拝せず、いけにえをささげることもしませんでした。そこで、ヒゼキヤは、町の指導者たちを集めて、主の宮に上り、主の祭壇の上でいけにえをささげたのです。

 私たちの罪は、動物のいけにえによって完全に赦される事はありません。しかし、神の御子であるキリストが十字架にかかられた時、私たちのの罪は完全に赦されました。このイエス・キリストを信じる者は、すべての罪を赦されて,神の前に出る事ができます。罪のない完全なキリストが犠牲になって下さったので,私たちは、動物のいけにえをささげなくてもよいのです。ですから,私たちも魂と体をささげて礼拝しましょう。


三、主をほめたたえる(㈼歴代29章25−30節、ヨハネ4章21、24節)

 ヒゼキヤ王は、人々がいけにえをささげて礼拝する時、主をほめたたえました。シンバル、琴ラッパの演奏とともに、聖歌隊は、美しい歌声で主をほめたたえ、人々はひざをかがめて、主を礼拝しました。主イエスは、サマリヤの女と話された時『神は霊ですから、………霊とまことによって礼拝しなければなりません』(ヨハネ4章24節)とおっしゃいました。

神の霊に満たされ、神の真理によって心から礼拝するのです、そのために、自分自身を主にささげ『霊とまこと』によって主なる神をほめたたえましょう。

最終更新日 ( 2010/01/17 日曜日 14:44:05 JST )
 
神と私
作者 kyokai   
2009/12/27 日曜日 16:14:18 JST

主は私の羊飼い。私は乏しいことがありません。(詩篇23篇1節)

The LORD is my shepherd. ( Psalm 23 : 1 ) New International Version 

礼拝メッセージMP3礼拝メッセージMP3   

一、(詩篇23篇)

  聖書は私たちを『羊に』神御自身を『羊飼い』に例えています。

好い羊飼である神に神に導かれている羊,つまり私たちにはけっして乏しいことがありません。主は私たちを緑豊かな牧場へと導き、私たちはそこで平安の中で身を横たえることができるのです。まことの羊飼いに守られている生涯は何と素晴らしい平安に満ちていることでしょうか。ですからどのような谷間や死の陰の谷を歩くことがあったとしても、その平安は失われません。神御自身が私たちと共にいてくださるからです。

 この詩篇の作者であるダビデはイスラエルの2代目の王ですが、彼の生涯も、戦いと試練の連続でした。初代の王サウルにねたまれ,殺されそうになったことや荒野をさまよったことが何度もありました。しかしその中でこそ、ダビデは神の守りの豊かさを学んだのではないでしょうか。どんな中にも共にいてくださる神は、私たちのすべてをご存知で、私たちを守り導いてくださる方だからです。
 ですから,たとえ私たちが神を近く感じないときであっても、神御自身が共にいてくださることを確信するなら、私たちは力を与えられるのです。神は私たちの人生をあらゆる祝福で満たしてくださいます。

『いつくしみと恵み』が追いかけて来ると感じるほど素晴らしい歩みだとダビデは歌います。


二、主の恵みと守りの中で

 この一年を通じて、いや一生を通して皆さんを守り、皆さんを祝福してくださるのです。来年は、どのような歩みが待っているでしょうか。また2010年度に、皆さんの人生はどのような変化があるでしょうか。どのようなことがあろうとも、どのような生涯が待っていようとも、

神が共にいて私たちを守り、支え祝福してくださることにに信頼しましょう。そして私たちも、ダビデと同じように『いつまでも、主の家に住まいましょう』と信仰と信頼を告白する者とされたいものです。

最終更新日 ( 2009/12/27 日曜日 16:33:41 JST )
 
<< 最初 < 戻る 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 次へ > 最後 >>

結果 9 - 12 of 240
クリスチャン掲示板
Image
無料画像、素材、ダウンロード

リンク:BLAQLO

Christian Arts & MusicBLAST 手作りアクセサリー販売や音楽スクールのサイト

ブラスト

リンク:Heaven's Seed

KIDS&ADULTクリスチャンTシャツ

ヘブンズシード・Tシャツ・雑貨・クリスチャン・レゲエ

リンク:飢餓対策

日本国際飢餓対策機構 は、人間の尊さを重んじ地球家族に奉仕する非営利の NGO(民間援助団体)です

日本国際飢餓対策機構

 
© 2010 東大阪キリスト教会:レオナードクート:礼拝メッセージ:聖書:愛、喜、平和:ペンテコステ
Joomla! is Free Software released under the GNU/GPL License.
Translation is Joomla!JAPAN