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むしろ,あなた方の間で偉くなりたいと思う者は,あなた方の召使いでなければいけない。 だれでもあなた方の間で第一でありたい者は,あなた方の奴隷でなければいけない。マタイ 20:26-27

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神を礼拝する
作者 kyokai   
2010/01/10 日曜日 16:59:30 JST

 私は生きているかぎり、主をほめたたえよう。(詩篇146篇2節)

I will praise the LORD aii my life: (Psaim 146 : 2 ) New International Version


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一、主に聖別する(㈼歴代29章1−30節)

 ヒゼキヤが南王国ユダの王となったのは、25才の時でした。王になってまず最初にしたことは真実の礼拝のために、その民を聖別したことです。
 その頃、人々は、まことの神をないがしろにし、そのまことの神を礼拝する場所であった神殿に異教の神々を礼拝するために用いるような物まで持ち込んでいました。このような時にヒゼキヤ王は、宮の修復をさせ、神に仕えるべき祭司やレビ人たちに『今、あなたがたは自分自身を聖別しなさい』と命令しました。まことの神に背を向けて、乱れた生活に日々を過ごしている祭司やレビ人たちに、まず自分自身をきよめ、神に自分をささげるよう勧めたのです。

パウロもローマ12章1節で『あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い,生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です』真実の礼拝は,あなた自身を『神に受け入れられる、聖い,生きた供え物としてささげる』ことです。

 ヒゼキヤ王は宮を修復してから、まことの神を礼拝するのにふさわしくない物を宮から出してしまうように命じました。それで祭司たちは、宮にある汚れた物,偶像礼拝に使った物などを、全部捨てました(16節)。イエスも同じように、エルサレムの神殿にいた商売人を追い出して,宮を浄められました。私たちの体も、神の宮(㈵コリント6章19節)です。私たちの内に、まことの神を礼拝するのにふさわしくないものがあるでしょうか。。今それを全部捨ててまことの神を礼拝しましょう。

二、主にいけにえをささげる(㈼歴代29章20ー24節)

 ヒゼキヤ王は,民を聖別し、神殿を浄めただけではなく、神に背いていた罪を赦していただくために、いけにえの動物をささげました。礼拝する時には,罪の贖いと主なる神への献身を表すために、いけにえの動物をささげることになっていたのですが、ヒゼキヤの前の王は、まことの神を礼拝せず、いけにえをささげることもしませんでした。そこで、ヒゼキヤは、町の指導者たちを集めて、主の宮に上り、主の祭壇の上でいけにえをささげたのです。

 私たちの罪は、動物のいけにえによって完全に赦される事はありません。しかし、神の御子であるキリストが十字架にかかられた時、私たちのの罪は完全に赦されました。このイエス・キリストを信じる者は、すべての罪を赦されて,神の前に出る事ができます。罪のない完全なキリストが犠牲になって下さったので,私たちは、動物のいけにえをささげなくてもよいのです。ですから,私たちも魂と体をささげて礼拝しましょう。


三、主をほめたたえる(㈼歴代29章25−30節、ヨハネ4章21、24節)

 ヒゼキヤ王は、人々がいけにえをささげて礼拝する時、主をほめたたえました。シンバル、琴ラッパの演奏とともに、聖歌隊は、美しい歌声で主をほめたたえ、人々はひざをかがめて、主を礼拝しました。主イエスは、サマリヤの女と話された時『神は霊ですから、………霊とまことによって礼拝しなければなりません』(ヨハネ4章24節)とおっしゃいました。

神の霊に満たされ、神の真理によって心から礼拝するのです、そのために、自分自身を主にささげ『霊とまこと』によって主なる神をほめたたえましょう。

最終更新日 ( 2010/01/17 日曜日 14:44:05 JST )
 
神と私
作者 kyokai   
2009/12/27 日曜日 16:14:18 JST

主は私の羊飼い。私は乏しいことがありません。(詩篇23篇1節)

The LORD is my shepherd. ( Psalm 23 : 1 ) New International Version 

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一、(詩篇23篇)

  聖書は私たちを『羊に』神御自身を『羊飼い』に例えています。

好い羊飼である神に神に導かれている羊,つまり私たちにはけっして乏しいことがありません。主は私たちを緑豊かな牧場へと導き、私たちはそこで平安の中で身を横たえることができるのです。まことの羊飼いに守られている生涯は何と素晴らしい平安に満ちていることでしょうか。ですからどのような谷間や死の陰の谷を歩くことがあったとしても、その平安は失われません。神御自身が私たちと共にいてくださるからです。

 この詩篇の作者であるダビデはイスラエルの2代目の王ですが、彼の生涯も、戦いと試練の連続でした。初代の王サウルにねたまれ,殺されそうになったことや荒野をさまよったことが何度もありました。しかしその中でこそ、ダビデは神の守りの豊かさを学んだのではないでしょうか。どんな中にも共にいてくださる神は、私たちのすべてをご存知で、私たちを守り導いてくださる方だからです。
 ですから,たとえ私たちが神を近く感じないときであっても、神御自身が共にいてくださることを確信するなら、私たちは力を与えられるのです。神は私たちの人生をあらゆる祝福で満たしてくださいます。

『いつくしみと恵み』が追いかけて来ると感じるほど素晴らしい歩みだとダビデは歌います。


二、主の恵みと守りの中で

 この一年を通じて、いや一生を通して皆さんを守り、皆さんを祝福してくださるのです。来年は、どのような歩みが待っているでしょうか。また2010年度に、皆さんの人生はどのような変化があるでしょうか。どのようなことがあろうとも、どのような生涯が待っていようとも、

神が共にいて私たちを守り、支え祝福してくださることにに信頼しましょう。そして私たちも、ダビデと同じように『いつまでも、主の家に住まいましょう』と信仰と信頼を告白する者とされたいものです。

最終更新日 ( 2009/12/27 日曜日 16:33:41 JST )
 
博士たちの礼拝
作者 kyokai   
2009/12/20 日曜日 20:35:11 JST

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。(ヨハネ3章16節)

For God so Ioved the worid that he gave his one and only Sdn, that whoever believes in him shallnot perish have enernaLife.( John 3 : 16 )  New International Version


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一、東方の博士たち(マタイ2章1−3節)

 イエスがお生まれになって少したった頃、東方の博士たちがエルサレムを訪ねました。『東方』というのはペルシャ、今のイラン辺りだと言われています。博士たちは星の位置や運行を調べて、世の中の動きを占うことを仕事としていたようです。不思議なのは、なぜ異邦人であるペルシャの博士たちが星を観察してユダヤ人の王の誕生を知ったばかりか、その方を拝みに来たのかということです。

 それは、昔、捕囚としてパビロンに強制的に移住させられたユダヤ人たちによって、メシヤ (救い主) を待ち望む信仰が伝えられ、受け継がれてきたからだと考えられています。ちなみに、エステル記のヒロインのエステルは、ペルシャの王妃になったユダヤ人女性でした。地図を開いて、ペルシャとイスラエルの距離を推測してみましょう。ユダヤ人の王を拝むために、博士たちは多く時間と財を犠牲にしたのです。


二、ヘロデ王の恐れ(マタイ2章4−8節)

 ユダヤ人の王の知らせは、ヘロデ王を恐れさせました。

ローマ帝国の後ろ盾で王になったヘロデは、ユダヤ人からは尊敬されてはいませんでした。そこに王誕生のニュースが飛び込んで来たのですから、不安に駆られるのも当然です。
 聖書に通じている学者たちに調べさせたところ、確かに、ダビデの子孫としてまことの王がベツレヘムで生まれるということがわかりました。そこでヘロデは、表向きは自分もユダヤ人の王を拝みたいからと、博士たちに詳しいことを知らせるように言うのですが、もちろん偽りです。

彼はユダヤ人の王として生まれた幼子を抹殺しようと企てたのです。『王は自分だ』とばかりに………。
 ヘロデの恐れもさることながら、ユダヤ人の指導者であった祭司長や学者たちの態度にも驚かされます。長い間人々が待ち望んでいた、ダビデの子孫である王が誕生したという情報が異邦人の博士たちからもたらされ、聖書を調べて場所も特定したのに、確かめようともしなかったのです。


三、博士たちの礼拝(マタイ2章9ー12節)

 博士たちは、特別な星と聖書の預言に導かれてユダヤ人の王イエスが滞在していた場所に到着しました。星がイエスおられる家の上にとどまった時に『彼らはこの上もなく喜んだ』(10節)ということばが、これまでの苦労を伝えているようです。博士たちは、自分たちの知的な興味を満足させるためにここまで来たのではなく、幼子をまことの王として礼拝するために、長い間旅をしてきたのです。彼らは持って来た宝の箱を開け、黄金、乳香、没薬を贈り物としてささげました。時間も自分たちの富をも幼子にささげたのです。

最終更新日 ( 2010/01/10 日曜日 17:04:03 JST )
 
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