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あなた方に告げるが,あなた方の義が律法学者たちやファリサイ人たちのものにまさっていなければ,あなた方は決して天の王国に入ることはないからだマタイ5:20

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20074/05/20 火をもて答える主
作者 kyokai   
2007/05/20 日曜日 13:22:33 JST

 『私の仕えている万軍の主は生きておられます』(1列王18章15節)

 Then Elijah said, “As the LORD of hosts lives, before whom I stand,
              I will surely present myself to him today.”(1Kings18:15 NKJV)

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一、中途半端であってはならない(1列王18章1−24節)

 雨が降らなくなってから3年たちました。水不足のため、イスラエルはひどい飢饉が起こっています。その時、エリヤに神の声があり、エリヤは再びアハブに会いに出かけました。(1、2節)アハブはエリヤを見るなり、すべての災いのもとはエリヤであると言いました。3年間の苦しみを経験しても、ちっとも悔い改めてなどいなかったのです。民も同じです。21節を読みましょう。一言も返せません。民はさほど積極的にバアルに仕えているわけではなかったのですが、まことの神に従ってもいませんでした。私たちも中途半端であってはいけません。黙示録3章15、16節を読んで下さい。神は、心から徹底してご自身に従うことを私たちに望んでおられます。

 エリヤは、バアルの神とまことの主のどちらが本当の神かを示すため、一つの試みを提案しました。二頭の雄牛をそれぞれたきぎの上に置き、火を下して雄牛を焼き尽くした神に軍配を挙げるというものです。エリヤはたった一人で、450人ものバアルの予言者に立ち向かったのです。

二、偶像の神は存在しない(1列王 18章 25−29節)

 火が下るよう先に祈り始めたのはバアルの側です。バアルの予言者たちは昼まで祈り続けましたが、何の答えもありません。そこで祭壇の周りを踊り回り、27節のようにエリヤに皮肉られると、剣や槍で自分たちの体を傷つけることまでするありさまでした。しかし、何をしても、どう逆立ちしても火は下りませんでした。むなしく騒音ばかりが続くだけです。

三、まことの神は生きておられる(1列王 18章30−46節)

 次はエリヤの番です。エリヤは近づくようにと民に言い、祭壇を建て直して、タキギの上に雄牛を置きました。少しの疑いも与えないよう、牛の上に水をかけさせました。水は祭壇の周囲にながれだしました。周囲に掘った溝にも水を満たしました。そしてエリヤは祈りました。36、37節を読みましょう。その祈りには、民への心からの愛が表れています。エリヤがバアルと対決したのは、単にバアル側の愚かさをあざけるためではなく、まことの神は生きておられることを示し、何とかして民がまことの神に立ち返って、神との麗しい愛の関係に再び入ることを願ったからなのです。

 主は祈りに答えられました。一瞬にしてすべてが焼き尽くされ、溝の水も残らなかったのです。民はひれ伏して主を礼拝し、バアルの予言者たちは殺されました。なおも祈ると、今度は大雨が降り出しました。長い間の干ばつは終わりました。神は民を愛し、民の必要を満たしてくださるお方なのです。(ヤコブ5章17、18節参照)

最終更新日 ( 2007/05/27 日曜日 15:20:28 JST )
 
2007/05/13 神は愛なり
作者 kyokai   
2007/05/13 日曜日 12:34:23 JST

 神は愛です。(第一ヨハネ4章16節)

 God is love. Whoever lives in love lives in God, and God in them.(1John 4:16 CEV)


 神は、人間の罪をさばかれるが、また罪の中にある人間を愛しておられます。その神の愛と、互いに愛し合いなさい、という勧めは、イエスによって説かれ、ヨハネによって強調されています。私たちも神に愛されている者として互いに愛し合いましょう。

一、愛は神から出ている(第一ヨハネ 4章7−11節

 私は人を愛することができない、よく聞かされます正直な告白です。生まれつきの人間は、誰でも真実に他者を愛することはできません。ですから互いに愛し合いましょう。と言われても戸惑うだけです。しかし、愛は神から出ていることが分かると、話はまったく別です。神に愛されているが故に、他の者を愛することができるのです。神から愛を受けているので、隣人を愛することができるのです。

『愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです』(11節)この順序と関係が大切なのです。

二、愛は神の臨在を示す(第一ヨハネ4章12−17節)

 神を見た者はいません。主イエスは『心の清い者は幸いです。その人は神を見るからです』(マタイ5章8節)と言われました。

 ヨハネは『いまだかつて、だれも神を見た者はありません。もし互いに愛し合うなら、神は私たちのうちにおられ、神の愛が私たちのうちに全うされるのです』(12節)と説いています。いずれも『心がきよくあること』『互いに愛し合うこと』と人間の在り方が問われています。愛は神から出たものですがその愛によって互いに愛し合うことが求められているのです。

 愛し合うとき、神はそこに臨在される『神は私たちのうちにおられ』とは一人一人の内に住まわれる。とも読めるが、むしろ、愛し合う者たちの間に臨在されると解釈するほうがよいでしょう。神は、聖徒の交わりの中に臨在され、聖霊の働きによって、私たちはそのことを確信することができるのです。それが、聖徒の交わりである教会の本当の姿なのです。

三、愛は神の平安を与える(第一ヨハネ4章18−21節)

『愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します』(18節)人間の心には、深い不安があります。それは何に起因しているのでしょうか。一つは神のさばきです。罪を犯している人間は、刑罰を恐れています。それは、死に直面したときに多くの人々が経験する深い恐れからも、推測できます。もう一つは、人間の不信です。互いに信頼できない人間は、他人から見捨てられることを恐れています。彼の心を支配しているものは、愛でなく不安と不信なのです。

 しかし、神の絶対の愛に支配される時、それまで私たちの心をとらえていた不安と不信から解放され平安と喜びと愛に満たされるようになります。そして、それ故に、神を愛する者は兄弟をも愛するのです。神が愛で愛であることは、神の優れたご本質であるとともに優れたクリスチャン倫理であります。そこで、互いに愛し合いなさい。と問う勧めが繰り返し強調されるのです。

 私たちは、私たちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。

第一ヨハネ4:16節 

最終更新日 ( 2007/06/24 日曜日 16:30:08 JST )
 
2007/05/06 神の命令に従う
作者 kyokai   
2007/05/06 日曜日 13:43:43 JST

『主は正しい者を飢えさせない』(箴言 10章3節)

If you obey the LORD, you won't go hungry;
if you are wicked, God won't let you have what you want. (Proverbs 10:3 CEV)


 ソロモン王の死後、イスラエル王国は北と南に分裂します。エリヤは北イスラエル王国で活躍しました。

一、神とアハブ(1列王16章29−34節)

 北王国はソロモン王の死後、政治的に混乱を深め衰退の一途をたどっていました。このような時に将軍オムリが七日天下の謀反人ジムリを死に追いつめて王権を継承、内紛や外からの侵略を食い止め、内政を強化し、国威を回復していきました。その子アハブは、父オムリの政策を継承し、イスラエルに一層の繁栄をもたらす王となったのです。

 しかし、アハブがもたらしたイスラエルの政治的繁栄は、真の神への忠誠を無視したものでした。

 アハブは、フェニキヤと通商ルートを開いたりダマスコの市場を確保するなど政治的努力をする過程で周辺諸国の偶像を積極的に取り入れ宗教的混交を促進したのです(㈵列王 16章32、33節)。

二、神とエリヤ(1列王 16章17章1−7節)

 すでに、イスラエルの預言者はイゼベルに殺され(18章4節)エリヤは孤立した存在でした。エリヤにとって、神なき世界に生きるアハブに神のさばきのことばを伝えに行くことは、勇気のいることでした。しかし、エリヤは恐れることなく主のことばを伝えました。

 神は、安全のためにエリヤをケリテ川のほとりに導き、奇跡的な方法で養われました。エリヤにとってこの出来事は『生きて働く神』を実感させる、さらに素晴らしい学びの時であったことでしょう。

三、神とやもめ(1列王17章8ー16節)

 このように生ける神に信頼するエリヤは、ケリテ川での体験に強められながら、即座に神のことばに従い、ツァレファテの地へと向かいました。ツァレファテの町には、窮状にある一人のやもめがいました。干ばつも災いしたのでしょう。やもめは、息子とともに死ぬことを考えていたのです

 エリヤは、神のみこころをやもめに伝えます。異邦人のやもめにとって、エリヤを通して言われたイスラエルの神のことばを信じることは、非常に困難を極めたものであったに違いありません。しかし、たとえ異邦人であり、従うことの難しい内容であっても語られた神のことばに信頼して従うならば祝福があることを彼女はこの出来事を通して学んだことでしょう。

最終更新日 ( 2007/06/24 日曜日 16:29:53 JST )
 
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