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あなたがあわれみの行為をする時には,右の手がしていることを左の手が知ることのないようにしなさい。 あなたのあわれみの行為がひそかになされるためだ。そうすれば,ひそかに見ておられるあなたの父が,公然とあなたに報いてくださるだろう。マタイ6:3-4

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2007/07/08 祈り続けよう
作者 kyokai   
2007/07/08 日曜日 15:12:25 JST

求めなさい。そうすれば与えられます。(マタイ 7章7節)

Ask and it will be given to you; seek and you will find.(Matthew 7:7 NIV)

 


 ジョージ・ミュラーは、忍耐の祈りについて次のように言っています。
『私は二人の人のために、23年間祈り続けてきました。私の他の祈りは、何千何万と答えられているのに、この二人の救いに関する祈りは、今に至る迄答えられません。私の信仰は、大いに試みられます。しかし、忍耐をして神を待つならば祝福は必ず与えられます』と。

 ジョージ・ミュラーの祈りは答えられて、一人は、ミューラーの死の直前に救われ、もう一人も、それから一年後に救われたそうです。

一、真夜中のノック(ルカ 11章5−8節)

 人間の社会には一般に常識というものがあります。これは特定のだれかが規定したということではなく、長い歴史の中で自然に作りあげられていくものです。そしてその常識は、暗黙のうちに守ることが要求されます。ですから、イエスがはなされたように、もし真夜中に食料の必要の為に友人の家の戸をたたく者がいたとすれば、それは、相手がいくら友人でも非常識な行為とみなされるでしょう。実際私たちが寝ている夜中に、いきなり家の戸をたたかれたらどうでしょうか。
 しかし、たとえ非常識だと言われ、一度は拒否されても、本当に緊急にパンが必要なので、批判されることを覚悟して、戸をたたき続けたのです。この箇所では、このような非常識な行動をとっても熱心に頼み続ければ、結果的には希望がかなったことが記されています。8節の『あくまで頼み続ける』ということばに注目してください。頼み続けるという積極性が願いの答えを引き出したとも言えます。

二、たたき続けなさい。(ルカ 11章9、10節)

 ところで、我々日本人は、人間関係で恥をかくことを極端に嫌う国民です。皆さんの中にも幼いときから『人に迷惑をかけないように』と教育された人がたくさんいると思います。だから私たちは非常識な行動はできるだけ慎むように気をつけます。しかし、神と会話をする祈りの生活では、このような遠慮はいりません。

 神は私たちの祈りが整っていて形式的であるよりも、なりふりかまわない熱心な祈りであることを望まれます。通りいっぺんの形式的祈りをしていて、それが聞かれることは期待できません。

 イエスはたとえ話しをされた後、弟子たちに、自分たちの必要を自覚し、それを真に求めることを勧めました。7節にある『求める』『捜す』『たたく』ということばはみな、自分の必要を神に求める態度です。これらの厳密な意味は『求め続ける』『捜し続ける』『たたき続ける』ということです。あの友人からパンをもらった人のように、しつこいほどに求め続けることが大切だとイエスは強調されています。そして、そうするなら、イエスを信じるすべての人に何の差別もなく答えを与えられることが約束されています(10節)。

 キリストを受け入れた者は、罪によって切り離されていた天の父との関係を回復でき、私の父とよべるようになります。そればかりではありません。天の父ご自身が私たちの生活に深い関心をもってくださるので、自分たちの必要を遠慮なく申し上げることができるようになるのです。

 主は私たちが熱心に求め続ければ必ず答えてくださる方です。だから率直な祈りによって、全能なる神に、必要を与えられるように、求め続け、捜し続け、たたき続けましょう。

最終更新日 ( 2008/02/05 火曜日 11:10:07 JST )
 
2007/7/1 祈りの内容
作者 kyokai   
2007/07/01 日曜日 13:41:52 JST

あなたがたが父に求めることは何でも、父は、わたしの名によって
それをあなたがたにお与えになります。(ヨハネ 16章23節c)

I tell you for certain that the Father will give you whatever you ask for in my name.

(John 16:23 CEV)

 


一、主の祈り(マタイ 6章9−13節 )

 主イエスは異邦人のようにではなく、このように祈りなさいと『主の祈り』を教えられました。私たちは、何よりもまず、この祈りを理解して祈るべきです。

(1)祈りの対象 (9節)まず祈りの対象を明確にしましょう。私たちが祈るのは、天にいて、すべてを知り、すべてを支配して居られる全能のお方です。しかも、私たちの父と呼べるほど、あわれみ深い方なのです。(ローマ8章15節、ガラテヤ4章6節)

(2)最優先すべき祈り(9、10節)
 私たちは、主の祈りの順序に注目すべきです。私たちが自分自身や他の人の必要を願う以前に願うのは神の栄光です。
9節『御名』とは、神ご自身のことです。私たちは何よりまず、神の偉大さ尊厳を知り神を崇めるべきです。私たちの神は小さすぎるのではないでしょうか。私たちが神の偉大さを本当に知っていく時に、御名が崇められるようにという願いが第一になります。
(10節)『御国』とは神の支配のことです。現在信じている者はその中に入っており、再臨の時に全世界に広がると記されています。この世はサタンの支配下にあります。サタンによって、人は惑わされ、罪を犯し、神を拒否し、自らを苦しめているのです。しかし、私たちの主人はサタンではなく主イエスです。暴君ではなく、きよさと愛に満たされたお方です。この祈りは、このお方の御支配が、クリスチャンと他の人々に及ぶように願っているのです。が来た結果、人々がみこころを行うようになることを願う祈りです。
*『みこころが天で行われるように』これは『御国』が来た結果、人々がみこころを行うようになることを願う祈りです。

(3)私たちの必要(11節)
 この祈りは、今日の糧を与えてくださっているのは、究極においては神であることを告白しています。私たちの命を食物によって支えてくださっているのは、神です。
(12節)人の罪を赦せるのは神だけです。また赦された私たちには、この祈りによって他の人を赦す決断が迫られています。
(13節)確かに試みによって私たちは成長します。しかし『試みにあわせないで』は、私たちの本音であり、みこころにかなう祈りです。また、神は、私たちが耐えられない試みに合わせるようなことはなさいません。(第一コリント10章13節)

二、イエスの御名による祈り(ヨハネ 14章13節)

 以上の祈りはすべて、主イエス・キリストの名によって祈られるべきです。なぜならキリストなしには、汚れた私たちは、神の御前に出ることすらできないからです。しかし、イエスキリストの十字架の血によって私たちは聖所に入り、大胆に恵みの座に近づくことが出来るのです。(ヘブル9章12節、10章19−22節 )イエスの御名によって祈る時、神は聞いてくださいます。

最終更新日 ( 2008/02/05 火曜日 11:08:23 JST )
 
2007/06/24 祈りの力
作者 kyokai   
2007/06/24 日曜日 13:43:48 JST

何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださる。(第一ヨハネ 5章14節)

We are certain that God will hear our prayers

when we ask for what pleases him.(1John 5:14 CEV)

 

礼拝メッセージMP3礼拝メッセージMP3  

 

一、捕らえられたペテロ(使徒 12章1−4節)

 イエスの昇天後、聖霊を受けた弟子たちの働きによって、福音はユダヤ地方に広まりました。しかしイエスの福音を否定する多くのユダヤ人によって、キリスト者は迫害を受けました。

 さて、この箇所に登場するヘロデ王はイエスが生まれた時にその命をねらったヘロデ大王の孫に当たる人物です。彼はイエスに敵対するユダヤ人の人気取りに力を入れ、ヨハネの兄弟ヤコブを殺しました。そしてこの当時、教会の重要な指導者になっていたペテロを捕らえる計画を立てました。イエスの福音に反対する人々がたくさん集まりやすい過ぎ越しの祭り時に実行に移されました。そこで捕らえられたペテロは、脱走できないように四人一組の兵士に取り囲まれるという厳重な警戒下に置かれました。

二、教会の祈り(使徒 12章5節)

 大切な指導者を失った教会の人々はどうしたでしょうか。当時の教会は普通の家を開放した教会が多かったのですが、ここに登場する教会もマルコと呼ばれるヨハネの母マリヤの家を使った教会 (12節) でした。彼らは、人間的にはたいへんがっかりしたことでしょう。しかし、困難な状況にあって力を注いだ一つのことがありました。それが共に祈ることです。彼らは捕らえられたペテロが無事であるように、神に対し熱心に祈り続けました。共に祈り合えば、神が何とかしてくださるだろうという期待があったからです。

 神を信じ受け入れた者は、困難な時に不安にさいなまれ、イライラさせられて時を過ごさなくてもよいのです。また『共に祈る』ことによって、その場で祈り合った人々同士が深い連帯感をもって励まし合うことができるのです。

三、解放されたペテロ(使徒 12章6ー17 節)

 この教会の人々の祈りは主のみこころにかない、不思議なことが起こりました。厳重に警護されていたペテロが、主の御使いの誘導によって夜中に牢を抜け出すことができたのです。最初は、当のペテロでさえ信じることができず、幻を見ていると錯覚したほどでした。ですから、ペテロが我に返った後、家の教会にもどった時、教会の人々も女中のロダからそのことを聞いても、本気にできなかったのです。

 教会の人々は、ペテロの身が安全であるようにと祈っていても、すぐ釈放されるようにとまでは祈っていなかったのかもしれません。ですから、本物のペテロが門の所に立っているのを見た時、本当に驚いたことでしょう。

最終更新日 ( 2007/06/24 日曜日 16:31:36 JST )
 
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