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自分の命を見いだす者はそれを失い,わたしのために自分の命を失う者はそれを見いだすだろう。マタイ 10:39

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恵みによる救い
作者 kyokai   
2010/02/07 日曜日 09:39:44 JST

 あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。
それは、自分自身から出たことではなく神からの賜物です。(エペソ2章8節)

Foy it is by grace you have been saved, through faith − and this not from yourselves, it is gift of God.(Ephcsians 2:8 ) New International Version

礼拝メッセージMP3礼拝メッセージMP3 

 一、会議の発端(使徒15章1、2節)

 アンテオケ教会では、ユダヤ人もギリシャ人も分け隔てなく共に交わり、礼拝をささげていました。教会には喜びと賛美があふれていました.ところが、古いユダヤ教の伝統に縛られているユダヤ人たちから見ると、これは我慢できないことだったのです。彼らはアンテオケまでやってきて『外国人もユダヤのしきたりに従って割礼を受けなければ救われない』と教え始めました。しかし、パウロは、人は律法の行いではなくキリストを信じる信仰によって救われると主張しました。ガラテヤ2章16節を読みましょう。  キリスト教の基本である救いに関する重要な問題です。

パウロとバルナバ、それに数人の仲間がエルサレムに行って指導者たちと話し合うことになりました。パウロたちは、途中にある教会に立ち寄っては、外国人がクリスチャンになったことをあかししながらエルサレムに向かいました。
 エルサレムの教会でも同じことを報告しましたが、パリサイ派からクリスチャンになった人たちは『外国人にもモーセの律法を守らせるべきだ』といって譲りません。


二、会議の経過(使徒15章6ー21節)

 そこで、会議を開いてこの問題について検討することになりました。これが『エルサレム会議』と呼ばれるキリスト教史上最初の世界規模の教会会議です。
 ぺテロが立ち上がって、コルネリオの回心の出来事を思い出させ、神が異邦人にも聖霊をお与えになったことをあかししました。最後に、エルサレム教会の指導者である主イエスの弟であるヤコブが口を開きました。

彼は、異邦人の救いについて聖書の預言(アモス9章11、12節)から論証しました。そして、 クリスチャンになった外国人に割礼を強制してはならないときっぱり言い放ったのです。その上でヤコブは四つのこと、つまり『偶像に備えて汚れた物と不品行と絞め殺した物と血』とを避けるようにと提案しました。ユダヤ人クリスチャンに対する心遣いを求めたわけです。
 最初は激しい論争が展開されましたが、主の素晴らしい導きによって会議は穏やかに終りました。

三、会議の結論(使徒15章22ー35節)

 アンテオケの教会に手紙を書いて、パウロとバルナバ、それにエルサレム教会の二人の指導者が届けることになりました。23ー29節を読みましょう。
 会議の結果、異邦人伝道が公に承認され、どの国の人でも、行いではなく、ただイエス・キリストを信じる信仰によって救われることが確認されたのです。

 手紙を読んだアンテオケの信者たちは、どれほど喜んだことでしょう。現在、世界中にクリスチャンがいます。言葉や習慣は違っても、同じ唯一の神を信じる兄弟姉妹です。

最終更新日 ( 2010/02/14 日曜日 15:22:18 JST )
 
第一回伝道旅行
作者 kyokai   
2010/01/30 土曜日 17:46:30 JST

 『わたしはあなたを立てて、異邦人の光とした。あなたが地の果てまでも 救いをもたらすためである』(使徒13章47節)

 I have made you a light for the Gentiles, that you may bring salvation to the ends of the earth.(Acts 13: 47 ) New International Version


   一、教会から送り出される(使徒13章1−3節)

 先週はアンテオケの教会でイエスを信じる人たちが『クリスチャン』と呼ばれるようになった話でした。アンテオケ教会には、指導者のバルナバとサウロを始め、熱心なクリスチャンがたくさんいました。ある時、教会の人たちが礼拝をささげていると、聖霊の命令を受けました。『バルナバとサウロを、わたしが与える任務につかせなさい』アンテオケ教会の人たちは、バルナバとサウロの働きのために断食をして祈り、二人の上に手を置いて祈ってから、送り出しました。

二人はこれから,伝道の旅に出るのです。バルナバに親戚のヨハネ (マルコ)も助手としてついていきました。ところでサウロはローマの呼び方で『パウロ』といいます。これからはこのパウロという名前を使います。

二,キプロス島で(使徒13章4−12節)

 パウロとバルナバとヨハネは船に乗り、キプロス島に渡りました。ここは、バルナバの生まれた島です。島を巡りながらパポスの町に来ると、役人のセルギオ・パウロが神の言葉を聞こうとしました。ところが,ユダヤ人の魔術師が、セルギオ・パウロがイエスを信じないように邪魔したのです。

その時『パウロは聖霊に満たされ、魔術師をにらみつけて「ああ、あらゆる偽りとよこしまに満ちた者、悪魔のの子,すべての正義の敵………主の御手が今、おまえの上にある。おまえは盲目になって、しばらくの間、日の光を見りことができなくなる」といった』するとたちまち、かすみとやみが彼をおおったので、魔術師の目が見えなくなり、神様の力に驚いたセルギオ・パウロはイエスを信じました。


三、ピシでヤのアンテオケで(使徒13章13−52節)

 キプロスから船でパンフリヤのベルガ (現在のトルコの南岸) 渡った時、ヨハネ・マルコは何らかの理由でメンバーから外れ,エルサレムに帰ってしまいました。この出来事は後に尾を引くことになります(使徒15章36ー40節)。

 パウロたちの伝道は、どの町に行っても、最初は同胞ユダヤ人に語りかけることから始めました。しかし、ピシデヤのアンテオケでユダヤ人たちが反感をむき出しにした時パウロたちは、今後は異邦人伝道を中心に活動すべき事を決意するのでした。こうした事のすべては、聖霊なる神に導かれてのことです。
* 神に導かれることは、すべての事が表面上、常に順調に進むとは限りません。乗り越えるべき困難も数々あります。しかし、神の御計画は確実に前進して行くのです。

最終更新日 ( 2010/01/31 日曜日 16:45:48 JST )
 
アンテオケ教会の成長
作者 kyokai   
2010/01/24 日曜日 10:19:56 JST

主の御手が彼らとともにあったので、大ぜいの人が信じて主に立ち返った。
                                      (使徒 11章 21節)

The Lord's hand was with them, and a great number of ppeople believed and turned to the Lord.       (  Acts 11 : 21) New Intrnational  Version.

礼拝メッセージMP3礼拝メッセージMP3 

一、アンテオケ教会の誕生(使徒11章19ー21節)

 迫害を受けてエルサレムを離れた信者たちの多くは各地でユダヤ人にだけ福音を伝えていましたが、ガリラヤのずっと北にあるアンテオケに着いたギリシャ語を話すユダヤ人(キプロス人とクレネ人) たちは,その町にいるギリシャ人たちにも伝道しました。アンテオケはローマ帝国シリヤ州の首都で、ローマやアレキサンドリヤに次ぐ大都市であり、それだけに独特の自由な雰囲気があったようです。
 人口 50万ほどの国際都市アンテオケに、こうして最初の外国人教会が誕生しました。


二、バルナバとサウロ(22ー26節)

 アンテオケに多民族からなる教会が誕生したという情報を聞いたエルサレム教会の指導者たちは、バルナバをアンテオケに派遣しました。バルナバは以前、自分の畑を売ったお金を喜んでエルサレムの教会にささげた人です (4章36,37節)。

回心したばかりのサウロがエルサレムの教会に受け入れられるように尽力したのもバルナバです (9章26、27)。信者たちから信頼される人だったのでしょう。24節には『彼は立派な人物で聖霊と信仰に満ちている人であった』と記されています。

 バルナバは、外国人たちがまことの神を信じている様子を見て自分のことのように喜びました。アンテオケ教会では、ますます大勢の人が信仰に導かれるのでした。ある時、バルナバはふとサウロの事を思い出しました『サウロが受けた最高の教育とあの積極的な性格は、この教会で最大限に生かされるのに違いない』そう思ったバルナバは、サウロを迎えにタルソに向かいました。

三、『クリスチャン』と呼ばれる(26ー30節)

 サウロを迎えて、一年の間に、アンテオケの教会は大きく成長しました。毎日のように新しい信者が仲間に加わりました。どの人も喜んであかししました。
 目をきらきらさせて『イエス様は……』と話す信者たちの様子を見たアンテオケの人たちは、彼らを『キリスト者』『キリストに属する者』と呼びました。これが、キリスト教信者を『クリスチャン』と呼ぶようになった始まりです。

最初は「また『キリスト』って言っているよ」「まったく、明けても暮れても『キリスト』だね」「あのキリスト屋」といった感じだったのかもしれません。ニックネームをつけられたわけです。
 2章47節を読みましょう。エルサレムに最初にできた教会の信者が周囲の人々から好意を寄せられたのと同じ現象が、アンテオケでも起こったのではないでしょうか。


 その頃パレスチナ地方全域で激しい飢饉が始まると、アンテオケの信者たちは進んで救援物資を出し合って、エルサレムの教会に送りました。口先で信仰を語るだけでなく、主イエスの愛に倣って、名実ともに『キリストに属する

最終更新日 ( 2010/02/08 月曜日 19:14:03 JST )
 
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