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彼らに言った,「あなた方は,自分たちの伝統を保とうとして,実にうまく神のおきてを拒んでいる。マルコ 7:9

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みことばを悟って成長する
作者 kyokai   
2009/07/19 日曜日 09:19:57 JST

 良い地に蒔かれるとは、みことばを聞いて受け入れ、三十倍、六十倍、百倍の実を結ぶ人たちです。(マルコ4章20節)

Others.like seed sown on good soil' hear the word accept it ,and produce a crop-thirty,sixty or even a hundret times what was sown." ( mark 4 :20 ) New International Version

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一、種まきのたとえ(マルコ4章1−9節)

 イエスが語られた『種まきのたとえ』の聴衆は、ガリラヤ湖の湖畔に集まった『おびただしい数の群衆です。この群衆に対して、イエスはたとえでしかお話にならなかった』(11節)。身近な日常生活の状況に照らしてでなければ、彼らは神の国の福音を理解することができなかったからです。
 当時のガリラヤ地方の土地は石や岩が多く、土がわずかに岩の上を覆っている痩せた土地も珍しくありませんでした。雨は秋と冬から春先にかけてからしか降らず、夏は暑さと乾燥に襲われる、乾燥地帯にはイバラやあざみが繁茂し、作物の成育を妨げる要因となりました。農夫は休耕地に種を蒔いてから耕すのです、蒔かれても『道端」「岩地」「イバラの中』の落ちた種は、実を結びません。『良い地』に落ちた種は三十倍、六十倍、百倍の実を結びます』この種まきのたとえを聞いて悟るべき真理とは何でしょう?

二、『神の国の奥義』である福音(マルコ4章10ー12節)
 

たとえは、真理をわかりやすく伝えるために語られます。しかし、イエスがたとえを語られたのは、普通の人々に対して、神の国の福音(真理)を明らかにするためでした。しかし、神の国の福音には、たとえによって覆い隠された面があります。それで『神の国の奥義』と言われるのです。

それを本当に知らされる(いや 悟らされる)のは、イエスに『いつも付き従っている』忠実な人たちです。神の国の福音は、イエスの十字架と復活の出来事を離れては存在しません。イエスの十字架の死において、すべては無に帰するかと思われました。

イエスが蒔かれた福音の種は、まったく実を結ばずに終るのではないか。しかし神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださいました! 神の国の福音は、十字架と復活の福音として、人々の熱心や努力によってではなく神の一方的な恵みによって、まさに『良い地』に蒔かれた種のように豊かな実を結ぶのです。

三、みことばを聞いて悟る(マルコ4章13−20)

 珍しくイエスご自身が、種まきのたとえについて解説しておられます。

蒔かれる種は、語られる福音の『みことば』です。その『みことば』を聞いて悟ることが、いかに困難なことであるか!福音の『みことば』に養われ、いろいろな障害や試練を乗り越えて、その信仰を成長させられ、豊かな実を結ぶようになる人がいるでしょうか。

聖霊によって『聞く耳』を備えられ、語られる『みことばを聞いて受け入れる』(悟る)人たちは、必ず聖霊に導かれて豊かな実を結ぶようになるのです。
                                         

最終更新日 ( 2009/08/04 火曜日 12:40:23 JST )
 
聖書が書かれた目的
作者 kyokai   
2009/07/10 金曜日 15:51:28 JST

れらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるため、また、あなたがたが信じて、イエスの御名によっていのちを得るためである。(ヨハネ20章31節)

These are written that you may" believe that Jesus is the Christ. the Son of God and that by believing you may have life in his name. ( John 20 : 31 ) New Inteernational Version. 

 

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一、旧約聖書はキリストについての証言(ヨハネ5章39節)

 イエスはユダヤ人たちに『あなたがたは、永遠のいのちがあると思うので、聖書を調べています。その聖書が、わたしについて証言しているのです』といわれます。

ここで『聖書』というのは、現在の旧約聖書のことです。イエスご自身が明言されるように、旧約聖書はイエス・キリストについて証言している書物にほかなりません。その証言は、来たるべきお方としてキリストを預言し、その来臨を約束しています。その成就と実現を告知している書物が新約聖書なのです。

二、旧約聖書はキリストを預言する(使徒8章26ー40節)

 ユダヤ教に帰依していたエチオピヤ人の宦官が、エルサレムへの巡礼から馬車に乗って帰国の途中、預言者イザヤの書を朗読していました。そこへ御霊に導かれて近づいたピリポは『あなたは朗読していることが、わかりますか』と尋ねました。

『導く人がなければ、どうしてわかりましょう』と宦官は導きを求めました。宦官が朗読していた聖書の箇所はイザヤ書 53章 7ー9節でした。『預言者はだれについて、こう言っているのですか』と質問する宦官に『ピリポは口を開き、この聖句から始めて、イエスのことを彼に宣べ伝えた』(35節)。

 イザヤ書53章に登場する『苦難のしもべ』は、十字架につけられるイエス・キリストを預言しています。そのように旧約聖書は、キリストを預言する書物なのです。
三、イエス・キリストを信じて救われるため(ヨハネ20章31節)

 ヨハネの福音書3章16節は聖書全体のメッセージの要約であると言われています。
『神は、実に、そのひとり子 (イエス・キリスト) をお与えになった(十字架の死に渡された) ほどに、世を愛された。それは御子 (キリスト) を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである』

 神が世に遣わされたイエスこそ、神の子キリストです。聖書を通して語られる、この神のことばを私たちが聞いて信じ、罪から救い出されていのちの喜びを味わう者となるのです。この目的のために、聖書が私たちに与えられているのです。

*『聖書はあなたに知恵を与えてキリスト・イエスに対する信仰による救いを受けさせることができるのです』 ( 第二テモテ3章15節 )。 

最終更新日 ( 2009/07/19 日曜日 15:08:12 JST )
 
唯一の神
作者 kyokai   
2009/07/05 日曜日 09:19:48 JST

『あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならい』
                  (出エジプト20章3節)

You shaii have no other gods before me. (exodus 20 : 3 )
                                              New International Version.

礼拝メッセージMP3礼拝メッセージMP3


一、ほかの神々があってはならない。(出エジプト20章3節)

 エジプトを出たイスラエルの民は、途中シナイ山で、指導者モーセを通して『十戒』を授けられます。(20章)その第一が、この三節です。こう言われるのは、イスラエルを『エジプトの国、奴隷の家から連れ出した』イスラエルの神、主である(2節))この方こそイスラエルの『唯一の神、主』であり、彼らには『ほかの神々があってはならない』もしあったとしたら、それは偶像(偽りの神)です。

 こうして、イスラエルの民は、偶像を造ることも偶像を拝むことも、第二の戒めで厳しく禁じられました(4、5節)。
 私たちキリスト者にとって、この『唯一の神、主』は、主イエス・キリストにおいて示された神にほかなりません。

二、偶像礼拝の罪(32章1−6節)

 モーセがシナイ山で40日過も過ごしている間に (24章18節) 山のふもとで待機していた民は、モーセが死んでしまったのではないかと不安になり(32章1節)、モーセに変わるものとして、アロンをも巻き込んで、集めた金の耳輪から鋳物の子牛を造ったのです(3、4節)。その子牛像は、神の現臨と力を表すものと考えられていたのでしょう。それでアロンは、その子牛像の前に祭壇を築き『あすは主への祭りである』(5節)といいました。

せっかく『十戒』を与えられ、偶像礼拝を厳しく禁じられたばかりなのに、どうして偶像礼拝の罪を犯してしまったのか。目に見えるものに頼りたい気持ちが、どれほど深く人々の心の中に潜んでいるものか、そのことを深刻に考えさせられます。

三、モーセの懇願(32章7ー14節)

 山の麓で起こっている偶像礼拝の罪について、主が山の上にいるモーセに伝え(7節
8節)、この『うなじのこわい民』に我慢がならず、燃え上がる怒りによって『わたしは彼らを絶ち滅ぼす』(9、10節)と言われました。しかし、モーセは主に懇願します。彼らを約束のもとにエジプトから導き出してくださった唯一のまことの神が、もし彼らを滅ぼすようなことがあったら、まことの神の名誉が約束不履行のゆえにけがされます。その必死の懇願に、神は『その民に下すと仰せられたわざわいを思い直された』(14節)。
 モーセの懇願 (とりなし) は、主イエス・キリストのとりなしの予表と見なされます。

キリストの父である唯一のまことの神は、キリストにおいて、すべての人に救いを差し出しておられる恵み深い神なのです。 

* 神は唯一です。また、神と人との間の仲介者も唯一であって、それは人としてのキリスト・イエスです。(第一テモテ2章5節)
                                         

最終更新日 ( 2009/07/12 日曜日 14:23:56 JST )
 
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