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わたしには天と地のあらゆる権威が与えられた。だから,行って,あらゆる民族の人々を弟子とし,父と子と聖霊の名において彼らにバプテスマを施し, わたしがあなた方に命じたすべての事柄を守るように教えなさい。見よ,わたしは,この時代の終わりまで,いつもあなた方と共にいるのだマタイ 28:18-20

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主のいのり(1)
作者 kyokai   
2009/08/23 日曜日 19:30:46 JST

『天にいます私たちの父よ。御名があがめられますように』
                               (マタイ6章9節)

『Our Father in haven, hallowed be your name, 』(matthew 6 : 9 )

              Neu International Version

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一、祈る時に大切なこと (マタイ6章5−8節)

 祈る時に大切なことは、人に見せることを目的とした祈りをしないことです宗教儀式としての祈りは、周囲の人々には一番わかりやすい形で、その人の宗教的な立派さを印象づけることができます。それだけに、皆の前でかっこよい祈りをささげて皆を感心させたいという誘惑は強いのです。
 しかし真実の祈りは、ひそかに神に向けてささげられるものです。勿論 礼拝や食事の時、祈祷会の時、皆の前で代表して祈る時があります。そうした行為が否定されるわけではありません。しかし、個人で静かに神と交わりつつ祈る、祈りこそ、祈りの基本です。

 さらに祈りは、簡潔なことばで祈ることを心がけなければなりません。『異邦人のように同じ言葉を』と言われているので、他の宗教にそのような多弁な、美辞麗句に富んだ、繰り返しの多い呪文のような祈りがささげられ、それがかっこよいと思い、まねをするユダヤ人が多かったのでしょう。

祈りのことばや時間は、実質的に必要なものが必要な程度に用いられるべきであって、単にことばの多さや祈りの時間の長さだけを強調してはなりません。

二、『天にいます私たちの父よ』(マタイ6章9節)

 イエスは、続いて、どのように祈るべきか、その模範としての祈りをお教えになりました。

『主 (が教えてくださった) の祈り』は、私たちの祈りの手本としてその内容を分析して参考にするべきであると同時に、文字通りそのままのことばで祈るべきものです。 『主の祈り』はまず、祈りがどなたに向けられるべきかがはっきり教えられています。

私たちの創造主であるお方に対して『お父さん』といったような親しい呼びかけで祈り始めるべきです。時折、自分のエッセイか作文を朗読しているような、自己満足型の祈りをする人がいます。他人に聞かせたい発表型の祈りもあります。

しかし祈りは、父なる神に向けて素直に語りかけるべきものなのです。

三、『御名があがめられますように』(9、10節)

『主の祈り』は、呼びかけから始まり、前半三つ、後半三つの祈願 (求め、願い) をささげます。

 前半は、神御自身の栄光につながること、後半は私たち自身にの必要に関することを祈ります。

祈りではまず、天において神の御名があがめられ、神の御栄光と御支配が地上にも及ぶように、と祈り求める必要があります。

最終更新日 ( 2009/08/30 日曜日 21:19:54 JST )
 
祈りとは
作者 kyokai   
2009/08/16 日曜日 16:10:47 JST

 何も思い煩わないで…あなたがたの願いごとを神に知っていただきなさい。                                                                 (ピリピ4章6節)

Do not be anxious sbout a nyting. but in everything, present your requests to God.

   ( Philippians ; 4 : 6 )   New International Version

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一、ハンナの悲しみ(第一サムエル1章1−8節)

 イスラエルが、王によって治められる時代の少し前、エフライムの山地にエルカナという人がいました。当時は一人で何人もの妻を持つという習慣があったので、このエルカナにも、ハンナとペニンナという二人の妻がいました。ペニンナには大勢の子どもがいたのですが、ハンナには子どもがいませんでした。当時のイスラエルでは、家と土地とを受け継ぐ子どもを産むということが、妻としての大切な役目だったのです。ですからハンナにとって子どもが産まれないということは、たいへんつらいことでした。

これは神のご計画によることでしたが、役に立たない者とか罪があるからだとか言われて、悲しい毎日を送っていました。エルカナは毎年シロという町にある主の宮に行き神にいけにえをささげ、礼拝をすることにしていました。ハンナとペニンナも一緒に行きましたがその度にハンナは子どもがないことでペニンナからいじめられ、年に一度の神の宮に行く旅もただつらい思いをするだけでした。

二、ハンナの祈り(9ー18節)

 その年も、エルカナはハンナとペニンナを連れて主の宮に上りました。その時もまたペニンナはハンナを馬鹿にしました。ハンナは悲しくて食事ものどに通らないほどでした。
 けれども信仰深いハンナはそれほどまでされても、ペニンナを恨んだり憎んだりはしませんでした。つらい事があった時には、それを神の話して慰められることを知っていたからです。

ハンナはひとりで主の宮に入り、心の中にあるすべてを神の前に注ぎ出し、激しく泣きました。
そして『主よ、私の悲しみに目を留めてくださり、男の子を授けてくださいますなら、私はその子の一生を主におささげします。その子の頭にかみそりを当てません』と誓いました。

『頭にかみそりを当てない』ということは、神にささげられた者であるというしるしでした。

ハンナは、くちびるが震え、涙がとめどなく流れるほどひたすらに祈りました。この時、主の宮に仕える祭司エリはハンナの様子を見て、酒に酔っているふしだらな女と誤解して、とがめたのです。しかし彼女から事情を聞いてよく判りました。

そこで彼はハンナを慰め、その願いが神の聞き届けられるようにと祝福を与えたのでした。主の宮から出て来たハンナの顔から悲しみの色は消えていました。自分が背負っいた苦しみをすべて神に申し上げてゆだね、願いがかなえられるという確信を得られたからです。

彼女は翌朝早く礼拝ささげ、平安と喜びに満たされてラマに帰って行ったのです。

三、神の答え(19、20節)

 神を信頼して熱心に祈ったハンナの祈りを、神は心にとめてくださいました。それからまもなく、ハンナに男の子が与えられました。

彼女はは神に祈って与えられた子どもだからというので、その子にサムエルという名をつけました。それは『神に求めた者』という意味でした。

最終更新日 ( 2009/08/23 日曜日 19:31:30 JST )
 
みことばを熱心に調べ蓄える
作者 kyokai   
2009/08/09 日曜日 09:57:17 JST

『キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ (なさい。)』
                         (コロサイ3章16a節)

Let the word of Christ dwell in you richly as you yeach. (Colossians 3:16a)  

                                                       New International Version

 

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一、みことばを聞く(使徒17章10、11a)

 使徒パウロは第二次伝道旅行の途中、北ギリシャのマケドニヤ地方に行き、ピリピやテサロニケといった町で伝道した後、ペレヤという町にきました。ペレヤは、ユダヤ人が大勢住んでいる活気に溢れた町でした。
 パウロはどの町でも、まずユダヤ人の会堂を探し、そこで語りました。

ペレヤでも、会堂でユダヤ人たちに『聖書で預言されているメシヤ (救い主) はイエスのことです』と話しました。ペレヤに来る前に訪れたテサロニケの町では、ユダヤ人たちがこのメッセージに反発して、パウロたちを迫害しました。しかし、ペレヤのユダヤ人たちは、偏見を持たない、素直で自由な精神の持ち主で、パウロを通して語られるみことばに熱心に耳を傾けたのです。

皆さんは、みことばに対してどのような態度をとっていますか? 聖書を読む前には静まって祈りましょう。『神様、聖書が正しく理解できるように知恵を与えて下さい』と。

二、聖書を調べる(使徒17章11b)

 ペレヤの人々の素晴らしいところは、それだけではありません。彼らは、パウロの話が『はたしてそのとうりかどうかと毎日聖書を調べた』のです。

皆さんは本を読んでいてわからない箇所やことばが出てきたら、人に聞いたり、辞書で調べたりしませんか。まして聖書は普通の本と違って、神のことばです。

ペレヤの人々は、神のことばを心から受け入れようという謙遜な思いと、何でも聖書を土台に判断しょうという考えをもっていたので、毎日聖書を開き、語られることばが本当かどうか熱心に調べました。これを食事に例えれば、栄養のバランスを考え、よく咬んで食べるようなものでしょう。

三、みことばを蓄える(使徒17章12節、ヨシュア1章8節)

 一口に聖書を調べるといっても、聖書は分厚いし、紙も薄く字も小さくて、かなりの分量がある本です。ペレヤの人たちが調べたのは今の旧約聖書だけですが、それでも大変なものです。

パウロの話が本当かどうか調べるといっても、どこから手をつけてよいのかわからないくらいです。ヨシュア記一章8節を読みましょう。ペレヤのユダヤ人たちはこの命令を守り、日々みことばに親しみ、暗記していたので、聖書全体をよく知っていました。ですからパウロの説教が正しいことを日々の聖書研究で確認することができたのでしょう。使徒17章12節には『そのため、彼らのうちの多くの者が信仰にはいった』とあります。

聖書を毎日読み、調べ、覚える習慣は、金庫に大金を蓄えるより、膨大な知識を身に着けるより、ずっと素晴らしいものです。みことばは私たちを永遠のいのちに導き、人生を変え、祝福に導くからです。

最終更新日 ( 2009/08/16 日曜日 16:17:30 JST )
 
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