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私たちの負い目をお赦しください。私たちも、私たちに負い目のある人たちを 赦しました。 (マタイ6章12節) Forgive us our debts ,as we also have forgiven our debtors ( Matthew 6 : 12 ) New International Version 礼拝メッセージMP3
一、日ごとの糧をお与えください。(マタイ6章11、7章7−11節) 『主の祈り』の前半で、イエスは、神についての祈りをささげるように教えられました。後半の三つは、私たちの具体的な必要についての祈りです。 『日ごとの糧』とは、生きるために必要な食べ物のことです。 私たちが毎日何気なく食べているものは、実はすべて神の恵みによって与えられているものであるということを考えたことがありますか。食べ物だけではありません。私たちの生活に必要なものはすべて、神から与えられているのです。このことについて感謝したことがありますか。 ところで、たった一つのパンさえ手に入れることが困難な人が、世界には大勢います。今日も与えられている食事を感謝すると同時に、パンが食べられなくて飢えに苦しむ人々が世界にいることを覚えて、彼らにために祈る責任があります。「私」ではなく「私たちの日ごとの糧」とあるのですから!
二、『負い目をお赦しください』(6章12、14、15節) 『負い目』は『主の祈り』では『罪』と訳されています。 聖書でいう『罪』の最も本質的な意味は、神を神としないで自分を神とすること、自己中心的な歩みをすることです。そのような生き方は、神を悲しませるばかりではなく他の人をも知らないうちに傷つけているでしょう。 人間は皆、罪ある存在ですから、自分の力ではどうしようもありません。神に赦しを求めなくては解決しないのです、ここで気を着けなくてはならないのは『私たちも、私たちに負い目のある人たちを赦しました』という箇所です。赦した者こそ赦されるのであり、赦した者こそ赦しを求めることができるのです。人を赦すのは簡単なことではありません。 自分が人を傷つけたことは簡単に忘れますが、自分が傷つけられたことはなかなか忘れられないのが人間です。そして、自分が犯した過ちを素直に認めることも難しいことです。正直に『ごめんなさい』と言えないのが人間です。 しかし、人の罪を赦すこと、また自分の罪の赦しを祈り求めることは大きな祝福へと繋がることを忘れてはいけません。そこには、愛なる神からの大きな平安と慰めがあるのです。 三、悪からお救いください(マタイ6章13節)
人間は、罪や誘惑に対して弱い存在です。自分の力や意志や知恵で誘惑に打ち勝つことはできないことを確認しましょう。『私は大丈夫』『俺は決して負けない』という気持ちは禁物です。罪に陥りやすい自分の弱さを認めなければなりません。そうしてそういう場から遠ざけて下さるよう祈り求めるべきです.気づかないうちに罠にはまっていることも十分考えられます。自分が気をつけていてもです。 ですから全能の神に『試みにあわせないで、悪からお救いください』と祈るのです。 最後に『国と力と栄えは、とこしえにあなたのものだからです。アーメン』とたたえ、主権を神にお渡しして『主の祈り』は終ります。 イエスが教えて下さったこの祈りが、単なる暗唱に終ることなく『天のお父様』との真の交わりとなるように、また、私たちの信仰生活の原動力となるように心がけましょう。 |