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わたしに向かって,『主よ,主よ』と言う者がみな天の王国に入るのではなく,天におられるわたしの父のご意志を行なう者が入るのだ。マタイ 7:21

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神の国とその義とをまず第一に求めなさい
作者 kyokai   
2009/09/20 日曜日 10:53:01 JST

 神の国と神の義を第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。(マタイ6章33節)

But if your eyes bg, your whole bogy will be full of darkness.If then the ligt wiehin you is darkness, how great is that darkness! ( Matthew 6 : 33 ) Nyw International Version.

 礼拝メッセージMP3礼拝メッセージMP3 

一、二人の主人に仕えるのではなく(24節)

 イソップ物語に出てくるこうもりは、鳥に向かっては自分は鳥だと言い、動物に向かっては自分は動物の仲間であると言って、調子よく暮らしていましたが、やがて両方から放り出されてしまいます。

主イエスを救い主として信じ、主に仕える者とされた私たちも、ある時は主につかえ、別の時には『富』やお金に仕えるというような調子の良い生き方をしてはなりません。
 勿論、お金は大切なものです。正しい労働によって得たお金を、きちんと予算を立て、必要なことのために計画的に使うことはとても大切です。

しかし、イエスを主と告白して生きる私たちは『お金さえあれば、何でもできる』『お金さえあれば幸せになれる』と、まるでお金を神様のように『信仰』する生き方をしてはならないのです。


二、空の鳥、野のゆりを見なさい。(25ー32節)

 主イエスは、何を食べるか、何を飲むか、何を着るのかを心配してはならないとおっしゃいました。25ー34節には、この『心配』ということばが七回も繰り返されています。今の日本人のキーワードは『不安』であると言われています。

リーマン・ショック後、続く経済不安の中で、私たちは生活の基盤が崩れるのを恐れ、心配し、ますます『お金』にしがみつくのです。
 しかし、主は、私たちに繰り返し『心配してはならない』と語っておられます。なぜなら、主は、空の鳥、野のゆりさえも豊かに養い、装ってくださるのですから。私たちは空の鳥や野のゆりよりも、主にとってはるかに大切な存在です。

十字架上で身代わりになって死んでくださるほど、かけがえのない存在なのです。ですから、主のお言葉を素直に受け入れその時その時、必要に応じて豊かに与えて下さる主を信じ『お金』や『モノ』から心を解放されて、安心して毎日を歩もうではありませんか。


三、神の国と神の義をいちばんに求める。(33、34節)

 私たちが必要なものをすべて与えていただくためには、条件が一つあります。33節を読みましょう。主は私たちに『神の国と神の義を第一に求めなさい』と言われました。自分の勝手な価値判断に従って生きるのではなく、主に信頼し、主がお喜びになることが何かをいつも思い巡らし、主のみこころに従って生きることを求めなさい、と主は命じておられるのです。

主はそのように生きる力と導きを必ず与えてくださいます。そしてそのために必要なものも、添えて与えて下さるのです。なんと素晴らしいお約束なのでしょう。

最終更新日 ( 2009/10/04 日曜日 19:00:46 JST )
 
世界の光です
作者 kyokai   
2009/09/13 日曜日 15:54:34 JST

『あなたがたは、世界の光です』(マタイ5章14節)

You are the light of the world. ( Matthew 5 ;14 ) New lnternational Version

 

一、地の塩(マタイ5章13節)

  『山上の説教』において、イエスは『あなたがたは、地の塩です』と言われました。それは何を意味していたでしょうか。イエスは『もし塩が塩けをなくしたら、何によって塩けをつけるでしょう』とも述べておられます。つまり、そこで塩の味が意識されていました。

多くの食べ物の味付けに塩はかかせません。塩が味付けの基本です。塩味がなかったら、料理はおいしくありません。

 イエスは弟子たちはこの世の塩であると言われました.この世に神のみことばの真理を示し、人の歩みと命の意味を与えるための大切な役割を果たしなさいということです。
 さらに、塩は腐敗を防ぐものとして考えることができるでしょう。この世界は堕落し、悪に汚れ、汚染される傾向をもっています。もし、この腐敗を防ぎ、汚染を抑えるものがなければ、世界はますます問題を抱えていくことになるでしょう。この世が保たれ、腐敗が進まないように、私たちは、聖書のみことばによってよい影響を及ぼさなければならないのです。


二、世界の光(マタイ5章14節)

 イエスは『あなたがたは、世界の光です』とも言われました。『光』ということばが用いられる場合、この世界は暗闇の状態であることが意識されています.この暗闇の状態をどれだけの人々が自覚しているでしょうか?。テレビのニュースを聞けば、確かに戦争や恐ろしい犯罪のこと、経済的な不況についての話を耳にします。確かにそういう意味で、暗い世の中だと考えることができるでしょう。
 しかし、事態はもつと深刻だと聖書は語ります。

人間の罪の問題があり、サタンがこの世界を支配しています。                  神の栄光を輝かせないようにする恐るべき力がこの世にあるということです。それに対してイエスを信じる者は『光』として輝かなければならないと言うのです。

 光は、暗闇と暗闇に属するすべてのものを明らかにします。キリストの福音を携えて行くならば、主の教えと違うものはハッキリすることになります。山の上にある町は、人々の目に留まります。

福音をハッキリと示さなければなりません。そうして、神の真理が明らかにされ、悪の存在があばかれ、唯一の救いの道があざやかに示されなければならないのです。

 三、燭台に上に(マタイ5章15、16節)

『あかりをつけて、それを升の下に置く者はありません』とあります。当時は、小さなランプが部屋の明かりでした。家の人々全部を照らすために、そのランプはランプスタンドの上に置かれました.升の下には置きません。そんなことをしたら、家の中を照らすどころか、明かりは消えてしまうでしょう。

 主の救いの恵みにあずかって、みことばの真理を知らされた者は、それを人々に伝えなければなりません。また、そのみことばに従うことで、人々がそのよい行いに目を留めるようになるでしょう。その結果、人々はそれが聖書の教えであり、神のみこころであることを学ぶことになると言うのです。

私たちは、信仰を自分だけのものとしてしまっておいはなりません。

最終更新日 ( 2009/10/04 日曜日 17:22:05 JST )
 
山上の教え(幸いです)
作者 kyokai   
2009/09/06 日曜日 17:30:05 JST

心のきよい者は幸いです。その人は神を見るからです。(マタイ5章8節)

* 本日の音声休ませていただきます。

一、山上の説教(マタイ4章17、4章23−4章23ー5章2節)

   主イエスは、荒野で悪魔の誘惑を退けられた後、公に宣教活動を始められました。
その第一声は『悔い改めなさい.天の御国が近づいたから』バプテスマのヨハネと同じ内容で、聴衆に悔い改めを迫る鋭いメッセージでした。ご自身が御国をもたらす方でしたから、人々がそれにふさわしく心を整えるようにとの教えでした。

 主はガリラヤ全土を巡って、教え、病人をいやし、人に取り付いた悪霊を追い出されました。
 主イエスの教えを聞いた者、愛の業と奇跡を見た者たちが、大勢やって来て、主イエスにつき従いました。

主は彼らに、山に登って話されました。それでこの教えを 『山上の説教』(マタイ5章ー7章)と呼ばれています。主イエスのまとまった教えの最初のものです。

二、幸福とは何か(マタイ5章3節)

 主イエスが第一に語られたことは、幸福についてでした。原文では『幸いです』が文頭に来て、強調された形になっていて『ああ、幸せだなあ』と訳せます。人々は皆、幸福を求めているので、聞く者の注意を引いたことでしょう。

(常識とは反対なところにある幸福)主イエスによれば、幸せな者とは、豊かなものではなく、貧しい者です。心の貧しい者こそが幸せだというのです。この世の常識とは正反対です。人々は驚きながら、ますます主の教えに耳を傾けたことでしょう。*(神が与える幸福 ) それでは、心の貧しい者が、なぜ幸いなのでしょう。自分の理性や良心は最終的には頼りにならないことを認めている人は、神を求め、神に頼る者となるからです。(テトス1章15節 )きよい人々には、すべてのものがきよいのです。

三、幸福な者とはだれか(マタイ5章3ー12節


   『山上の説教』の冒頭で『幸いです』が八回繰り返されています。それでこの部分は『八福の教え』とも呼ばれています。これらの条件をすべて満たすのは、まず、主イエスご自身です。
 また自分の弱さや罪深さを認めて、主イエスに頼る者も、同じように幸いです。
(主イエスに従う者)預言者たちは皆、迫害を受けました。神の従う者は厳しい道を通らなければならないが、それこそ、神の本物のしもべであることの証明なのです。だから、どんな迫害の中でも喜ぶことができるし、そうすべきなのです。

 

最終更新日 ( 2009/09/13 日曜日 15:54:49 JST )
 
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