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良い土の上にまかれたものとは,こういう人のことだ。み言葉を聞いて理解し,ある者は百倍,ある者は六十倍,ある者は三十倍の実を生み出すのだマタイ 13:23

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主イエスは門です
作者 kyokai   
2009/10/18 日曜日 07:53:29 JST

わたしは門です。だれでも、わたしを通ってはいるなら、救われます。
                       (ヨハネ10章9節a)

I am the gatt: whoever enters through me will be savcd.(John10 ;9a)

一、羊の門であるイエス(ヨハネ10章7、8節)

 イエスが宣教なさっていたパレスチナ地方では、羊の飼育が盛んに行われていました。
一ダース程度の羊は、子供でも世話をしたそうですし、プロ級の男の人であれば1千頭、1万頭の羊の世話をしていたと言われています。だからといって、この仕事が簡単だったわけではありません。

羊は、大変に迷いやすく、また弱い動物だったからです。番犬が見つけ出すことのできないほど遠くへ行ってしまったり、またハイエナや狐に襲われることもしばしばありました。それで羊飼いたちは、石垣などを積み上げて囲いを作り、夕方になるとその囲いの門から中に入れて、羊を危険から守りました。
 イエスは、神から離れやすく罪の誘惑に弱い私たち人間をこの羊の群れにたとえ、ご自身こそ罪から私たちを守り、神にある平安な日々を約束する救いの道に導き入れる『門』だと言われたのです。


二、羊を滅ぼす盗人と強盗たち(ヨハネ10章8、10節)

 ところで、羊の囲いの中に、門を通らずに、石垣を乗り越えて入ってくる人たちがいました。
盗人や強盗です。彼らは、自分が本物の羊飼いであるかのように油断させて近づき、羊を滅ぼしてしまうのです(10節)。

イエスは『わたしの前に来た者はみな、盗人で強盗です』と言われましたが、当時のパリサイ人や律法学者たちもこの羊泥棒のように、神の律法を間違って理解し、一生懸命 神に仕えていると自分たちは思っていても、結果的には、神の救いのご計画から人々を遠ざけ、滅びに向かわせていたのです。

 今、私たちの住んでいる世界にも、偽りの教えを伝え歩いたり、自分こそが救い主だと名乗って人々を惑わす者がいます。本当の羊飼いの声を聞き分けて、間違った教えに惑わされることのないように気をつけましょう。


三、イエスこそ救いに至る唯一の道(ヨハネ10章9、10節)

 9節を読み、もう一度イエスご自身の『あかし』を聞きましょう。イエスは、ご自身だけが、私たちが救いに入ることのできる『門』だと言っておられます。

『だれでも、わたしを通ってはいるなら救われます』ということは『わたしを通らなければ、だれも救いにはいることはできません』ということです。イエスはまたその『門』は、だれでも、くぐりたいと心から望む人を、安らかに出入りさせて、いつも豊かな牧草で養うとも言われます。羊の群れが、安心して門を出入りし、牧草で満ち足りている様子を想像して下さい。

イエスを信じる者は、恐怖や思い煩いに支配されず、霊的な喜びに満たされて、今も後も永遠に自由と平安が与えられると言って下さるのです。ですから、私たちがしなければならないことは、ただ一つ、救いに至る門であるイエスを信じることです。

最終更新日 ( 2009/11/01 日曜日 18:06:32 JST )
 
わたしは世の光です
作者 kyokai   
2009/10/11 日曜日 10:12:05 JST

わたしは世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光をもつのです。        (ヨハネ8章12節)

When Jesus spoke topeople. hie said,"I am the ligt of the world .Whoever fotlows me  willnever walk in darknese. but will have the light of life." (John 8; 12 )                                                                                   New International Veesion

 

  礼拝メッセージMP3礼拝メッセージMP3    

一、目の見えない人 (ヨハネ9章1−5節)

 ある時、イエスが弟子たちを連れて、道を歩いておられると、生れつきの盲人が道端に座っていました。すると、それを見た弟子たちがイエスに尋ねました。『この人が生れつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか。それともこの人の両親ですか』 その頃のユダヤでは、病気や何かの障害は罪を犯した罰と考えられていたのです。

しかし、主イエスのお答えは違いました。『この人が罪を犯したためでもなく、両親が悪いことをしたためでもありません。神様のわざがこの人に現れるためです』これを聞いた盲人はどんなに嬉しくほっとしたことでしょう。

二、盲人の目を癒されるイエス(ヨハネ9章6ー12節)

 主イエスは、生まれてから一度も空も木々の緑も愛する家族の顔も見たことのない盲人を可哀想に思われました。そして不思議なことをなさいました。6節を読みましょう。突然、目に泥を塗られた盲人は『何をするのだ』と抗議することもできたでしょう。でもそうしないで、イエスのなさるままに任せ、そしてイエスのお言葉に耳を傾けたのです

『行って、シロアムの池で目を洗いなさい』盲人は、この方は神様で私の目を治して下さるに違いない。と信じたのでしょう。言われた通り、素直にお言葉に従って、シロアムの池で目を洗ったのです。すると不思議不思議。目が見えるではありませんか『水が、木が空が見える』盲人は躍り上がって喜んだに違いありません。

盲人は、イエス様の言葉を信じて従ったので、目が見えるようになったのです。

三、光の子供になろう(ヨハネ12章35、36節)

 さて、私たちは目が見えるから、目が不自由な人とは関係ないと思いがちですが、実は、私たちは皆、生れつき心の盲人なのです。イエス様を信じる前は、だれでも罪の暗闇を歩いているのです。しかし、この盲人のように、イエス様を信じて従う時、私たちも闇から光の中に移ることができます。なぜなら、世界の光であるイエス様が、私たちの心の中に入って、照らして下さるからです。

初めにお話ししたように、暗いと危険は見えません。同じように、罪の暗闇を歩いている人は、たとえば、嘘をついても悪口を言っても、それを悪いこととは思わないのです。

ところがイエス様を信じて光の子供になった人は、心をイエス様に照らされて、それがハッキリ分かるのです。そればかりではありません。神は私たちに罪に打ち勝つ力を下さるのです。36節を読みましょう。主イエスが私たちを招いておられるうちに、罪を悔い改めて、光である主イエスを信じましょう。

最終更新日 ( 2009/11/01 日曜日 18:04:22 JST )
 
いのちのパン
作者 kyokai   
2009/10/04 日曜日 17:19:56 JST

 わたしは、天から下って來た生けるパンです。だれでもこのパンを食べるなら、永遠に生きます。    (ヨハネ6章51節)

I am the living bread that came down from hcaven. (John 6 : 51 ) New International Version.

  礼拝メッセージMP3礼拝メッセージMP3 

一、なくなる食物を求める人々(ヨハネ6章22ー27節)

 これは、イエスが五つのパンと二匹の魚だけで五千人を満腹させると言う奇跡をなさった 翌日の話です(ヨハネ6章1−14節)。群衆は、もう一度イエスから食物をいただくために、みもとにやって来ました。物質的な豊かさを求めてやって来る群衆の動機を見抜かれたイエスは、食べてしまえばそれまでで、再び飢え乾きを覚えるような『なくなる食物』のためではなく『永遠に至る食物』のために働きなさいと言われたのです(ヨハネ6章 27、28節)。

 今は、イエスの時代とは比較にならないほど物があふれ、経済的に豊かにかになりました。しかし、生きる目的についてはどうでしょう。日々の暮らしに追われていた当時の群衆と同じように、私たちもまた、この世の一時的な満足を追い求め『なくなる食物』に心が奪われているのではないでしょうか。あなたが今、最も熱心に求めているものは、一体なんでしょう?

二、神の賜物としてのパン(ヨハネ6章28ー32節)

 さて『永遠のいのちの至る食物のために働く』という意味を群衆は『モーセの律法に従って神のわざを行うこと』だと誤解しました。そして、どんな良いわざに励めばよいのかと、イエスに質問したのです (28節)。29節のイエスのお答えを読みましょう。

神が人々にもとめておられるわざはただ一つ、神が遣わした方を信じることだと、イエスは言っておられます。永遠のいのちに至る食物は、罪深い私たちがどんなに努力しても、その不完全な行いの報酬としていただけるようなものではなく、神が、ただ一方的に与えて下さる恵みなのです。続いて32、33節を読みましょう。

イエスは、神の賜物としてのこの食物は『天から下って来て、世にいのちを与えるもの』であって、たとえモーセのような偉大な人であっても、決して与えることができないものであると教えられました。『なくなる食物』とは、なんと大きな違いでしょう。


三、いのちのパンであるイエス(ヨハネ6章34ー51節)

 イエスの話を聞いた群衆は、それを肉体的な空腹を満たすパンだと思い違いをして、そのパンを毎日与えて下さいと求めました。それに対してイエスは、ご自身がそのパンであると繰り返し宣言されて (35、41、48、51節)、霊的に満たされるために、そのまことの班をいただくように、つまりイエスを信じるようにお招きになったのです。この招きはまた、私たちひとりひとりにも与えられています。イエスは、ご自身を信じる者を決して見捨てないと言われます (37節)。

そして永遠のいのちを与えて下さり(40、47、51節)、終りの日によみがえらせる(39、40、44節)と約束して下さっています。これは十字架上で私たちの罪を贖って下さった主イエスの、命をかけた招きなのです。

すでにクリスチャンである人は、霊的な飢え乾きを満たし続けて下さる『いのちのパンであるイエス』に心から感謝し、日々喜びに溢れて従い続けましょう。
 また今イエスを求めている人は、このイエスを信じて、永遠のいのちを頂き、生き生きと歩み出すことができるように祈りましょう。

最終更新日 ( 2009/11/01 日曜日 18:02:06 JST )
 
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