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わたしは真理 命です。
作者 kyokai   
2009/11/08 日曜日 18:32:24 JST

わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ
だれひとり父のみもとに来ることはありません。  (ヨハネ14章6節)

Jesus answered. "I am the wsy and the truth and the life . No one comes to the Fsther except through me

      .(John 14 : 6 )  New International Version.

先週の『わたしは道である』の続き

  礼拝メッセージMP3礼拝メッセージMP3 
一、わたしは真理である。

 イエスは『わたしは真理である』と言われました。それを説明するように『あなたがたは、もし私を知っていたなら、父をも知っていたはずです。しかし今や、あなたがたは父を知っており、また、すでに父を見たのです』(7節 )と語られました。

ここで強調されていることは、イエスと神とが一体であることで、イエスを知っているならばすでに神がわかり、神を見たのであるということです。

 イエスが『わたしは真理である』と言われたのは、イエスは神の真理を現し、また神の真理そのものであるということです。

ヨハネは『この方は恵みとまことに満ちておられた』(1章14、17節) と強調しています。イエスは、神の真理に満ち、神の真理を現しておられます.私たちは、この方を通して、神の真理を知ることができるのです。私たちは、聖書の学びとイエスとの交わりを通して、多くの真理を学ぶことが、できるのです。


二、わたしはいのちである。

 イエスは最後に『わたしはいのちである』と言われました。ここで『いのち』と言われているのは、ただ肉体的な生命ではなく『永遠のいのち』のことです。イエスは『いのち』であって(1章4節)、彼を信じる者には永遠のいのちが与えられる (3章16、36、4章14、6章65節).永遠のいのちとはいつまでも生き続けることではなく、永遠者である神との生きた交わりに生きることです。

イエスは次のように言われています。『その永遠のいのちとは、彼らが唯一のまことの神であるあなたと、あなたの遣わされたイエス・キリストとを知ることです』                              (17章3節)
 このようにイエスは神のいのちであって、イエス・キリストを信じてその交わりに生きるとき、神のいのちにあずかることができるのです。私たちは、そのいのちによって弱さと罪と死とに勝ち、力に溢れた生活をすることができるのです。キリストによって神と交わり、永遠のいのちにあずかり、神の御国にいきることができるのです。

最終更新日 ( 2009/11/16 月曜日 09:31:35 JST )
 
わたしは道 真理 命です。
作者 kyokai   
2009/11/01 日曜日 09:52:57 JST

 わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ
だれひとり父のみもとに来ることはありません。  (ヨハネ14章6節)

Jesus answered. "I am the wsy and the truth and the life . No one comes to the Fsther except through me.(John 14 : 6 )  New International Version.

  礼拝メッセージMP3礼拝メッセージMP3 
一、わたしは道である。

 イエスは『わたしは道である』と言い『わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません』(5節) と言われました。

『わたしは場所を備えに行く』と言われたのに対し、トマスは『主よ。どこへいらっしゃるのか、私たちにはわかりませんどうして、その道が私たちにわかりましょう』(5節) と尋ねたのに答えられたものです。

 イエスの答えは高度に象徴的です。ここで言う『道』とは、神と神の国に至る道です。しかも『わたしを通してでなければ』と言われているように、唯一の道です。私たちは、神から遣わされた救い主を通してのみ、神のみもとに行くことが出来るのです。


二、わたしは真理である。

 イエスは、続けて『わたしは真理である』と言われました。それを説明するように(7節)と語られました。

ここで強調されていることは、イエスと神とが一体であることで、イエスを知っているならばすでに神がわかり、神を見たのであるということです。
 イエスが『わたしは真理である』と言われたのは、、イエスは神の真理を現し、また神の真理そのものであるということです。

ヨハネは『この方は恵みとまことに満ちておられた』(1章14、17節) と強調しています。イエスは、神の真理に満ち、神の真理を現しておられます.私たちは、この方を通して、神の真理を知ることができるのです。私たちは、聖書の学びとイエスとの交わりを通して、多くの真理を学ぶことができるのです。


三、わたしはいのちである。

 イエスは最後に『わたしはいのちである』と言われました。ここで『いのち』と言われているのは、ただ肉体的な生命ではなく『永遠のいのち』のことです。

イエスは『いのち』であって(1章4節)、彼を信じる者には永遠のいのちが与えられる (3章16、36、4章14、6章65節).永遠のいのちとはいつまでも生き続けることではなく、永遠者である神との生きた交わりに生きることです。

イエスは次のように言われています。『その永遠のいのちとは、彼らが唯一のまことの神であるあなたと、あなたの遣わされたイエス・キリストとを知ることです』(17章3節)


 このようにイエスは神のいのちであって、イエス・キリストを信じてその交わりに生きるとき、神のいのちにあずかることができるのです。私たちは、そのいのちによって弱さと罪と死とに勝ち、力に溢れた生活をすることができるのです。キリストによって神と交わり、永遠のいのちにあずかり、神の御国にいきることができるのです。

最終更新日 ( 2009/11/08 日曜日 18:35:41 JST )
 
良い羊飼
作者 kyokai   
2009/10/25 日曜日 00:00:00 JST

 わたしは良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。
                            (ヨハネ10章11節)

I am the good shepherd. The good shepherd lays down his life foe the sheep.

                                                   ( John 10 : 11 )   New International Version.


一、良い牧者と悪い牧者(ヨハネ10章11ー13節)

 先週もお話したように、羊飼いは毎朝羊の囲いの門に来て、自分の羊の名を呼んで集めると、羊の群れを草原に連れてゆきます。充分な青草がある場所や、良い水飲み場を、羊飼いはとてもよく知っているのです。草原の草がなくなると、群れを連れてほかの場所に移動します。家から遠く離れた草原に連れて行くときには、野宿をして、一晩中羊の番をすることもあります.

迷子になった羊を捜して連れ戻すために、深い谷底に下りたり、険しい崖をよじ登ったりしなければなりませんし、けがをした羊に油を塗ってやったり、ライオンや熊や狼に襲われないように、いつも周囲に気を配ったりしなければなりません。羊を盗みに来る強盗もいますから、油断できないのです。

良い羊飼いは自分の羊を守るために、命がけで獣と戦います。でも中には、お金で雇われた、羊を放り出して逃げてしまう、悪い羊飼いもいるようです。

二、主イエスは良い羊飼いです。(ヨハネ10章14ー18、27ー29節)

 イエスは『わたしは良い牧者です』と言われました。

イエス様は、私たちを羊にたとえて、ご自分のことを、私たちの良い羊飼いだと言われたのです。イザヤ53章6節には『私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った』と書いてあります。私たちは羊のように弱く、迷いやすいものですから,良い羊飼いであるイエス様に導いていただかなければなりません。
 では、良い羊飼いと羊について考えてみましょう。

(1) いのちを捨てるほどの愛 『わたしは羊のためにわたしのいのちを捨てます』というのは、イエス様が私たちを救うために十字架にかかって死んで下さったことを意味します。罪のために滅びなければならない私たち、自分の力では決して悪魔に勝つことのできない私たちを、主イエスは命がけで助けて下さいました。

ヨハネ15章13節には『人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません』とありますが、イエス様は、ご自分のいのちを捨てるほどに、私たちを愛して下さったのです。

(2)羊飼いに従う羊  羊飼いは羊を危険から守り、最良の牧草地に羊を連れて行きます。

同じようにイエス様は、いろいろな困難に出会ったり罪の誘惑されてしまう私たちを導いて永遠のいのちを受けられるようにして下さいました。

イエス様は私たちの全てをご存知なので、主イエスのそばにいれば、どんなことがあっても心配はいりません。イエス様が必ず守って下さいます。

 良い羊飼いであるイエス・キリストを信じて従う、良い羊になりましょう。

最終更新日 ( 2009/10/25 日曜日 13:43:40 JST )
 
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