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わたしが律法や預言者たちを破棄するために来たと考えてはいけない。破棄するためではなく,達成するために来たのだ。マタイ5:17

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役人の息子のいやし
作者 kyokai   
2010/08/29 日曜日 01:41:48 JST

『心に植え付けられたられたみことばを、すなおに受け入れなさい.みことばは、あなたがたのたましいを救うことができます』     (ヤコブ1章 21

礼拝メッセージMP3礼拝メッセージ

一、息子のいやしを願う(ヨハネ4章46、47節)

イエスは、サマリヤを去りガリラヤのカナを再び訪れました。カナは、イエスが最初の奇跡を行なわれた場所でした。さて、ガリラヤにイエスが戻られたことを聞いた王室の役人(ガリラヤの国主ヘロデ・アンテパスに仕える宮廷官吏)が、遠く離れたガリラヤ湖畔のカペナウムという町からイエスを訪ねてきました。この人はユダヤ人ではありませんでしたが、イエスのうわさを聞き、この方こそ、今自分が抱えている願いをかなえてくださる方に違いないと確信したのでしょう。この役人の息子はひどい病気で今にも死にそうだったのです。『息子の命を助けて下さい』役人は必死に頼みました。

二、イエスのみこころと人の願い(ヨハネ4章48、49節)

役人の願いに対し、イエスはなんとお答えになったでしょう。46節を読んでください。
イエスは、このことばをその役人だけに向けて言われたのではありません。45、46節にあるように、人々は、人々は、イエスが行なわれた奇跡をことさらに大げさに取り上げ、イエスを『すごいことができる人』としか見ず、イエスが言われた一言一言や、本当はイエスはどにようは方なのかということを深く心に留めようとしませんでした.このことを悲しんでおられたイエスは、役人に、ご自分が神の独り子であり救い主であることをまず信じ、ただそのことのゆえに信頼するよう求められたのでしょう。
 役人は、イエスのことばを受け入れました。49節を見ましょう。役人はイエスに『主よ』と呼びかけ、再び、素直に自分の願いを申し上げました。

三、イエスのみことばを信じる。(ヨハネ4章50ー54節)

それに対しイエスは『あなたの息子は直っています』と言われました。50節を読みましょう。役人は『本当でしょうね』と念を押したでしょうか『信じられません。証拠を示してください』と言ったでしょうか長い道のりを、疑いと不安で心を暗くしながら家路についたでしょうか。いいえ『その人は、イエスが言われたことばを信じて、帰路についた』と書かれています。役人は、元気になった息子の姿を見る前に『治った』』というイエスの言葉に信頼を置いて、安心して帰ったのです。
 主は信じる者を決して失望させず、最善に導いてくださると聖書は繰り返し約束しています。私たちも、そのおことばを信じて、素直に主に祈り、心配せずに主のお任せしましょう。どんなに祈っても、いつまでも疑ったり不安がっていたりしたら、主は悲しまれます。 
 さて、役人とその家族はどうなったでしょう。51ー53節を読みましょう。主は、信じる者に必ず報いてくださる方です。役人は、イエスが救い主であることを改めて確信し、家族もまたイエスを信じたのです。

最終更新日 ( 2010/08/30 月曜日 10:37:42 JST )
 
サマリヤの女
作者 kyokai   
2010/08/22 日曜日 10:50:08 JST

わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません (ヨハネ4章14節)

Whoever drinks the water I give him will never thirst. (John 4 : 14 ) New International Version.

礼拝メッセージMP3礼拝メッセージ

一、サマリヤの女の渇き(ヨハネ4章1−18節)

 イエスがサマリヤを通られたのは、サマリヤ人に対して偏見を持っておられなかったことを示します。ここで一人の罪深い女性に出会うように聖霊の導きを受けておられたとも考えられます。このことによって、サマリヤ伝道の道が開かれたのです。 『時は6時頃とあるのはユダヤ的な時刻の呼び方で、現在の『昼の12時頃』です。この女は、人が働かない真昼の炎天下、人目を避けて水を汲みにきました。彼女には、そうしなければならない理由がありました。

  『どうしてサマリヤの女の私に……』という彼女の驚きには幾つかの意味があります。まず、ユダヤ人とサマリヤ人のつき合いの問題。ラビが女性に語りかけるのは罪とさえ見なされていたこと、器を持っておられないイエスが水を求められたこと (11節。7節は言外に「あなたの器で」という意味が含まれています。ユダヤ人はサマリヤ人と同じ器を使いませんでした。
 イエスは彼女の心の渇きに気づき、それは神の賜物である『生ける水』即ち『永遠のいのちの水』によってしか解決しないことを教えられましたが、彼女には理解できませんでした。『わたしが与える水を飲む者はだれでも……』(14節) 即ちイエスを救い主と信じる者には、永遠のいのちが与えられるのです。

二、本当の礼拝(ヨハネ4章16ー26節)

 魂の渇きの原因が明るみに出されます。私生活が見透かされた女は自分の罪を認め、真の礼拝についての質問を始めました。サマリヤ人が礼拝するゲリジム山か、ユダヤ人が礼拝するエルサレムか、自分はどちらで罪のためのいけにえをささげたらよいのかという真剣な問いかけです。しかし、イエスは、今や特定の場所ではなく、どこででも『霊とまことによって礼拝』する時が来ていると教え(マラキ1章11節 参照)、彼女のメシヤ来臨待望の発言に対して『このわたしがそれです』と告げられました。


三、サマリヤの女のあかし(ヨハネ4章27−30、39ー42節) 

 女は水瓶をそこに置いたまま(人々を連れて来るため)、町に向かいました。人目を避けて生活していた女が、自分から出て行って『来て、見てください』とあかしする者となったのです。人々は女の証言によってイエスを信じたのです。さらに多くの人々が『イエスの言葉によって』信じました。

最終更新日 ( 2010/08/29 日曜日 14:05:08 JST )
 
ニコデモの訪問
作者 kyokai   
2010/08/15 日曜日 09:23:52 JST

人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。(ヨハネ3章3節)

I tell you the truth. no one can see the kingdom of God unless he is bon again.(John 3:3 )

                                                             New International Version.

一、夜の訪問者(ヨハネ3章1、2節)

 新約時代の主要なグループに、パリサイ派とサドカイ派があります。パリサイ派の最大の特徴は厳格な律法主義で、律法を厳格に解釈し、実行しようとしました。また、彼らは、先祖たちの言い伝えに従って聖書を解釈するとともに、律法を新しい状況に適応するために、昔からの言い伝えに新しい条件のもとで解釈も付け加えたので、守るべきことは膨大な数になりました。

パリサイ人は多くの場合、イエスに敵意を抱く偽善的な宗教家として描かれていますがその中にも、ニコデモのようにイエスの人格と新しい教えに関心を抱く人がいました。ニコデモはユダヤ人の議会であるサンへドリンの議員でもありました。彼は、厳格に律法を守ってもなを満たされない心の渇きを感じていたのでしょう。夜の間に訪れたのも、立場上人目を避けるためと同時に、昼間は群衆に囲まれているイエスから、個人的に教えを受けたいと願ってのことであったかも知れません。


二、新しく生まれなければ(ヨハネ3章2−8節)

 ニコデモはまず、イエスの教えと御業をたたえ、いかに自分が感銘を受けているかを伝えました。『先生 (ラビ)』という礼儀正しい呼びかけには、ユダヤ人教師として対等に議論し合うことを望む自負も含まれます。『新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません』というイエスの答えは唐突に思われますが、ニコデモの訪問の意図を察知した適切な応対でした。しかしながらニコデモは、律法の知識はあっても、イエスが言われた霊的新生について正しく理解できませんでした。

 新改訳聖書の欄外注にあるように『新しく』(3、7節)は『上から』とも訳せることばで、救いが人間の行ないによるものではなく、御霊による神の業であることを示します(6節)。イエスは当然『あなたがたに新しい心を与え、あなたがたのうちに新しい霊を授ける』エゼキエルの預言を意識しておられたに違いありません(エゼキエル36章25ー27節参照)。
『水と御霊によって生まれる』とは、聖霊の導きによって罪を悔い改め、主イエスを救い主と信じて水のバプテスマを受けるという信仰の過程を表します。イエスはニコデモに、霊的領域の存在を理解させようとされたのです。


三、霊的新生(ヨハネ3章9ー15節)

 イエスはイスラエルの民の荒野での体験に言及し、人が新しく生まれるための唯一の方法として、天から下った人の子が十字架に上げられ、罪の贖いのために死なれること、それを信じる者が、人の子にあって永遠のいのち(来たるべき世に属するまったく新しい質のいのち) をもつことができるという神のご計画をニコデモに語られました。

ニコデモの応答については聖書は記していませんが、後にイエスを非難する仲間のパリサイ人に抗議したこと(ヨハネ7章50、51)、イエスを手厚く葬ったこと(ヨハネ19章39節)などから、新生の恵みを受けた者と思われます。

 
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